最強三ツ星レストラン、ランブロワジーの元シェフが協力した社会派映画
『ウィ、シェフ!』 ルイ=ジュリアン・プティ監督インタビュー
『ウィ、シェフ!』は料理を背景に、人生が変わる出会いと成長を描いたチャーミングな映画だ。主人公のカティ・マリーは一流レストランのスーシェフだが、キラキラ系料理番組スターのシェフと方針が合わず衝動的に店を飛び出してしまい、未成年の移民の施設で働くことになる。子どもだけでも機会を与えたいと貧困国にいる親が密入国させた少年たちだが、18歳までに職業訓練を受けられなければ強制的に帰国させられてしまう。彼女は少年たちのために料理対決番組に出るが…もともと社会問題を描いてきたルイ=ジュリアン・プティ監督に、料理を背景にした理由を聞いた。
――この映画には料理だけじゃなく農業という要素もありますよね。カティ・マリーは料理するだけでなく、野菜を育てて材料費を浮かせたり、いろいろなことを施設の少年たちに教えます。
今回農業をテーマのひとつとして出したのは、主人公のカティ=マリーの人物そのものを体現するためでもありました。農業というのは非常に本質的な、土とか根源に立ち返るようなものなので、どうしても外せなかったんです。
――カティ=マリーの骨太さとか質実剛健さを表したということなんでしょうか。
主人公は冒頭ではシェフになれなかった人物で、孤独に自分の道を追求する一匹狼でしたが、移民の少年たちとの出会いから、一人では何もできない、チームで戦わなければいけないんだと少しずつ学んでいきます。最初は早口の命令口調できびきび動いていて、スピーディーに忙しくしている彼女ですが、少年との交流を通して母性愛に目覚めたり、聞く力を身に着けて彼らに耳を傾けたりして真実に近づいていき、最後には自分自身を取り戻して行きます。
――つまり、カティ自身がグラウンディングしたっていうことですか。
カティ・マリーも孤児だったわけですが、少年たちと出会い、料理を通して家族を再構築します。料理にはプルーストの(小説『失われた時を求めて』の)マドレーヌのように、思い出を呼び覚ます役割もあるんです。料理がきっかけになって自分のルーツを思い出したり、料理から呼び覚まされた思い出をわかちあったりして、カティ・マリー自身も成長して前に進んで行きます。映画ではカティ・マリーの成長を通して本題の移民たちの問題にも触れています。18歳までに適当な職業適性訓練を受けられなければ、彼らは排除されてしまうんです。出演している少年たちは本当の移民で、演技も初めてで、撮影を通して彼らも初めて料理を学ぶことになりました。移民の少年たちは一人前になるために教育を受けて何かを身につけようと強い意志のもとフランスに来ているんだということも描きたかったんです。料理を学ぶ過程が大事で、料理についてだけの映画ではないんです。
――料理だけの映画じゃないのはわかってるんですけど、私たちはフードカルチャーの媒体なのでもうちょっと料理についてうかがいたいのですが、映画内のメニューはどのように組み立てたのですか。特に学校でカティたちがつくる料理に「仔牛のランプ肉ローズマリー風味 にんじんピュレ添え」を選んだのはなぜですか?
仔牛のローズマリー風味は私の両親の出身のアベロン県の郷土料理で、両親へのオマージュも込めてこの料理にしました。料理に関してはカティ・マリーのキャラクターに合わせてレシピを考えました。予算なども限られていたのでなるべくシンプルなもので、少年たちが学びやすいものにしました。どちらかというと料理そのものより料理から学ぶことに重点を置いていたので、少年たちが母親との思い出や、出身国のアフリカなどのルーツなどを思い出すのが大事でした。
――カティのこだわりの料理、ビーツのパイプオルガンを実際に考案したのは誰ですか?
マチュー・パコーです。ランブロワジー(パリで最長期間3つ星を獲得し続けている有名レストラン)のオーナーシェフのベルナール・パコーの息子さんで、有名なシェフで、パリにもアピシウスなどいくつかレストランを開いています。(※過去にランブロワジーのシェフも務めた。本作では料理バラエティの審査員としてカメオ出演もしている)
――「少年には質より量でいいんだ」と言っていた施設長も食を楽しむようになりますが、食の楽しみは富裕層のためだけのものではないことも描こうとされたのでしょうか。
そうです。フランソワ・クリュゼ扮するロレンゾ(移民施設の施設長)は様々な社会的な困難に直面しているということもあり、登場時は食事に対する考え方がカティ・マリーとはまったく違っていて、食事が芸術や技術であると思ってないんですよね。でも彼女の登場によって質が重要だということに気づきます。それに、少年たちが料理を楽しむという文化的な素養をサッカーと同じように身につけられるんだということも描きたかったんです。
――カティはシェフになるより料理の教師でいることを選びますが、シェフとして成功する道を選ばないのは何故でしょうか。
シェフではなく教師になることでこそカティ・マリーは自己実現が可能になるんです。もともとこの物語が職業高校の教師カトリーヌ・グロージャンさん(未成年の移⺠たちを指導して職業適格証を取得させる支援活動を行っている実在の人物、この作品にもカメオ出演している)をモデルにしているのです。カティは最初は少年と衝突して、対話もろくにできないところから会話が生まれていって、最後は自分の欠点を克服し「自分はシェフよりも教育者に向いてるんだ」と気づき「自分が自己実現できるものが見つかった」というふうに変わっていくんです。
――なるほど。では先ほどの「トップに立つよりチームで戦う」という価値観と同時に、カティ・マリー自身が変容したっていうことなんですね。
その通りです。
――料理バラエティはやはりフランスでも人気が高いのですか。社会問題に料理という要素を入れたことで、社会問題だけの映画よりも人々の関心は高まりましたか?
料理バラエティは大人気で、フランスではいますべてのテレビ番組の半分ぐらいが料理バラエティになっているほどなんです。カティ・マリーは最初は料理バラエティに批判的なんですが、少年たちに自分の世界を見てほしいという気持ちが強くなって、抵抗があった料理番組に出る決断をします。今回、移民問題と料理を合わせた映画を撮ったのには、フランスではコロナ以後、農業と飲食の分野で人手不足が深刻な問題になっていて、私の中にこの二つの問題を結びつけて解決策を探せないだろうかという気持ちもありました。今回出演した移民の少年たちの中に、黄色いTシャツを着たデンバという少年が出てきますが、彼は撮影後もカトリーヌ・グロージャンのもとで修行して、いまはダロワイヨで働いています。これはとてもうれしいことです。移民問題はフランスではネガティブに捉えられることが多いんですが、社会的な支援が必要とされる少年たちは、移民として学ぶ意思を非常に強く持って来ていてフランスに良い影響を及ぼすということも描きたかったんです。富裕層との階級差がこうした融和によって解決できないかという思いもありました。
――いま階級差という言葉も出ましたが、料理人はいい職業だとは思いますが、移民の子どもたちの選択肢にほかの高等教育などのチャンスがないのは残念に感じますね。
今回の映画は実話に基づいていたのでたまたま料理がモチーフになりましたが、実際には移民の少年たちにはほかの可能性も開けています。出演者のエチオピアから来たヤダフという少年は看護師の資格をとって、いま病院に勤めています。建設現場や病院も人手不足なので、分野によりますが移民たちにも別の可能性も開かれてはいます。
――では最後に軽めの質問になってしまいますが、監督ご自身も料理されますか? 得意な料理、よくつくる料理、最近つくった料理はありますか?
……。(沈黙して頭を抱える)
――あれ?
(笑)私自身はあまり料理は上手ではなくて。幸いなことに料理上手なパートナーと一緒に住んでいて、とても助かってるんです。私は南フランス出身なので母と祖母はよくパスタを使ったシンプルな料理を作ってくれました。オリーブオイル、トマト、バジルなんかを使った地中海料理で、サラダとかパスタとか本当にシンプルなものです。私はどちらかというとそういう軽めの料理が好きで、こってりしたフランス料理はあまり好きじゃないんです。和食の出汁は素晴らしいですね。でも和食ほど手が混んでいないシンプルな料理を食べることが多いです。
――ありがとうございました。
(日本語で)ありがとうございます。
監督:ルイ=ジュリアン・プティ 出演:オドレイ・ラミー、フランソワ・クリュゼほか(2022/フランス/97分)配給:アルバトロス・フィルム
5月5日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
© Odyssee Pictures – Apollo Films Distribution – France 3 Cinéma – Pictanovo – Elemiah- Charlie Films 2022
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