すし㐂邑の木村康司さんが考える 

【潤いのレシピ】水が決めてのシャリ・レッスン(特別編第1回)


PromotionPromotion  / Apr 9, 2021

有名シェフの素材への向き合い方を聞きながら、日々の食から暮らしに潤いを与えるようなレシピを朝・昼・晩と三食ご提案いただく連載企画【潤いのレシピ】。今回は、ジュウニブン ベーカリーの杉窪さんに続く「特別編」として、すし㐂邑・木村康司さんによる「水が決めてのシャリ・レッスン」です。第1回目は木村さんの「すし」紹介と予習編。おすしはシャリありき、そしてシャリで味わうべきは…。トリビアたっぷりでお届けします。

二子玉川駅から少し離れた小体な店ながら、日本中、世界中から「ここにしかない」味を目指して食通たちが訪れる。ここは熟成鮨で知られる[すし㐂邑]。カウンターの10席は今宵もプラチナチケットです。

[すし㐂邑]のキーワードは、熟成。魚を熟成させることで旨味が凝縮され、圧倒的な個性を生んでいるのです。では、[すし㐂邑]にとって、もっとも重要度の高い食材はネタ(魚)なのでしょうか? ひたすら実験を繰り返し、失敗を重ねながら行きついた熟成すしの境地を、店主の木村康司さんに聞くと、こんな答えが返ってきました。

「いいえ。魚偏に作ると書いて『鮓』と書くように、すしの魚はいくらでも作れるんです。メインは米、シャリありきです。シャリはネタをのせるベース。13貫から15貫、ずっと食べ続けるのはシャリなのです」

▲ [すし㐂邑]のコースではつまみがひと通り出たところで、海苔に巻いた酢飯が供される。これが、握りが始まる合図。「うちのシャリはこういう特徴ですと伝える役割があります。また海苔で包むことで、食欲をもう一度クッと盛り立てて、おすしを食べる気持ちに持っていく」。酢飯の温度、酢の味わい、米の粒感や弾力、海苔の香りがダイレクトに伝わる。

土台=シャリがしっかりとできているからこそ、魚をどう切るか、温度帯をどうするかで強弱がつけられるのだ、と木村さん。こうした考えは2008年頃に京都・丹後で「富士酢」を造る「飯尾醸造」との出会いがあり、より確固たるものとなったといいます。

「衝撃的な旨さだったんですよ、この富士酢が。このお酢に出会ってから『シャリにこのお酢を閉じ込めたい』と感じるようになりました。そこから考え方がどんどん深まり、『米の輪郭を伝えたい』とか、『咀嚼の回数を増やしてシャリを魚に絡ませたい』ということもより意識するようになりましたね」

▲ 「すし㐂邑」でシャリに使うお酢はこの4種。飯尾醸造の「富士酢プレミアム」「富士酢」「富士酢プレミアム赤酢」、そして米の産地である岩手・遠野で造られる「どぶろく」から造られた「どぶ酢」。「特徴としては、プレミアムはまろやかさ、富士酢は酸味、赤酢は香り、どぶ酢は甘み」と木村さん。これらをブレンドし甘味、旨味、酸味のバランスを取り、気候などによって調整する。

ところで木村さん、“米とお酢のバランス”はどのように考えているのでしょうか?

「まず『ごはん』と『シャリ』を、僕は違うものとして捉えています。シャリはまず、お酢を味わっていただきたいんです」と木村さん。
なんと、シャリはお酢を味わうものだった! そもそも、『ごはん』と『シャリ』は同様のものとして、一括りに考えていました…。

「そうですよね。先日もサンプルで魚沼産コシヒカリの立派なお米をいただいたんです。粒がとても小さくて、『ごはん』としてはおいしいものです。でも、うちの『シャリ』としては使えない。大粒で固い米が、上にのった柔らかい魚と口の中で混ざり合って、混然一体となったのが僕の理想のすしだから。(熟成した)ブリブリの硬さの魚に柔らかい米を合わせると、刺身定食になってしまう」

木村さんの熟成ネタを受け止める酢飯(シャリ)に必要なのは、噛み応えのある大粒米。

「お酢を一気に吸わせたいから、芯ができないギリギリの水分量で最初に米を炊く。お米に求める役割は、まずお米のうまみなんですが、その上で食感、そしてどれだけお酢を吸えるかという機能的なところも大事です

米のうまみ、米が割れない、粘りがない、粒が大きい、酢を吸いこむ力がある…。これらの条件で様々な品種を試し、たどり着いたのが岩手県・遠野のあるお米。「これだと富士酢の旨みを爆発させられる」木村さんは嬉しそうに語ります。

シャリの炊き方も木村流。まず、炊くときの水分量が少ないのです。「お米を(ごはんとして)ふっくらもっちり炊こうと思ったら、水分を多く入れますよね。でもそうすると、炊き上がってからお酢を吸う力がなくなってしまいます」

水温も試行錯誤が続いています。
「この取材を受ける1か月までは、ぬるま湯で米を研ぎ、ざるにあげて水切りをし、氷水に長めに浸して炊飯、という方法を取っていました。こうすることで米の粘りが出ず、パラパラに炊けるのです」

「しかし当たり前の話ですが、粘りがでないから、尋常じゃなくパラつくんですよ。握りづらいな。じゃあ、真逆にしてみるかということで、温度を上げてみた」

温度を調整することにより粘性のない米の粘度コントロールすることができると言います木村さん流の米炊き技。しかしこれは本当に微細な差で「常連さんでシャリの違いに気づいたのは一人だけ」。そう、圧倒的な個性はごくごく細部に宿るものなのです。

シャリの炊き方の遍歴は水温だけにとどまりません。次回はいよいよ、米の炊き上がりを圧倒的に左右する水の種類について。一体何がどう作用するのか。こうご期待ください!

木村康司
祖父の店や叔父の店で修業後、天ぷらの名店[美かさ]に入門。天ぷら独特の水を使わない魚の仕込みや、仕入れを学ぶ。33歳で現在の[すし㐂邑]をオープン。長年の研究を重ね、“熟成鮨”という新ジャンルを確立し絶大な人気を誇る。

CREDIT

Photography by Kenta Yoshizawa
Text by Reiko Kakimoto
Edit by Shunpei Narita

Supported by 三菱ケミカル・クリンスイ株式会社

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