料理人もアーティスト。ここでしか生まれない特異な食体験
今一番、フードが面白い音楽フェスは「FRUE」です
今までネガティブなイメージだった「フェス飯」なんて言葉の印象がプラスに転じてしまうくらい、近年音楽フェスにおける「食」の重要性が高まっている。その中でも2017年よりスタートした野外音楽イベント「FESTIVAL de FRUE」のフードがとびきり面白い。ユニークで腕利きな料理人が一同に会するので、提供される料理は捻りの効いたものやイノベーティブなものばかり。しかも祭りゆえのプリミティブな精神性も宿しているからか、レストランで食べるのとは全く別次元の体験に昇華している。
昨年11月に開催されたFRUEの模様を、RiCE.pressでは「食」にフォーカスしながらレポート。そこに流れる豊かな時間と、そうした時間が生まれる理由を紐解いてみた。
“魂のふるえる音楽体験”というコンセプトの下に、ジャズ・ロック・ワールド・電子音楽など、さまざまな音楽ジャンルの中から強くて深い、そして濃い精神性を携えているミュージシャンが国内外から集結する「FRUE」。通好みを唸らせるアーティストのブッキングで支持されているが、出店する料理人だってミュージシャンに負けず劣らず。
いや「料理人だってアーティスト」を裏のテーマにするくらい、食に対してのリスペクトが根底にあるからこそ、その理念に共鳴し、駆けつけるシェフがいるのだ。
全国各地から、わざわざ足を運びたい名店が続々出店。
長野県・軽井沢で[LA CASA DI Testuo Ota]を営む太田哲雄シェフも、昨年「FRUE」に出店したひとり。年間で12日程度しか営業をしないことで知られ、2026年まで予約満席という稀代な料理人だけに、その意味までしっかりと噛み締めたい。
フェスティバル当日はバターチキンを提供。日本でもポピュラーなインド料理のそれではなく、鶏肉を揚げ焼きにして、こっくりとした濃厚のバーターソースにくぐらせた西欧風の一皿だ。
決して大量調理に適したメニューではないかもしれないが、太田シェフ本人が一皿ずつ調理。火加減を入念にチェックしながら仕上げていく様子は、レストランさながらの本格的な手捌きで、これもひとつのライブステージのよう。思わず見入ってしまう。
バターチキンはライムを絞って爽やかに。付け合わせのフランスパンは小綺麗に食べるのではなく、濃厚なソースをビタビタに浸して食べたい。噛むほどにジュワッと肉のうまみとソースが口に広がり、小麦粉のいい香りが鼻に抜ける。屋外でこのクオリティの料理が食べられるなんて。おそるべし。
ペルー産のアマゾンカカオがコーティングされた「TETSUキャラメルポッポコーン」も大人気。すこしビターながらも、気品高くふくよかな甘さが口の中で弾け飛ぶ。
東京・中目黒からは、日本のネパール料理シーンの重要店[ADI]が登場。伝統的なネパールの手法を、国内の豊かな自然の恵みと掛け合わせた、唯一無二のモダンネパール料理が人気の一軒だ。先述した“レストランやシェフもアーティスト”という考え方や、“うま味調味料や添加物を使用しない事が出店条件”そんなコンセプトに共鳴し、出店を決めたのだそう。
さまざまなスパイスが絶妙な塩梅で混ぜ合わさることでうまれる刺激的な香りが、寸胴から漂う。
エスニック料理としては決してまだ多くない、前菜からデザートまで、数品のコース料理で提供するスタイルが真骨頂の[ADI]だが、この日のために用意されたのは、そんな彼らの魅力をぎゅっと凝縮させたランチボックスセット。
「ネパールカレーランチ」。フレッシュなパクチーが乗ったチキンカレーとライス、その上に乗ったキャベツのポリヤルに、酸味と旨味のバランスが絶妙なトマトのチャツネを混ぜながら食べる。緻密に計算されたスパイスやフレーバーのバランスは、母国ネパールのスタイルを踏襲したもの。カレーといえばフェスで人気の定番フードだが、一つの国の食文化を丸ごと味わえるスタイルが嬉しい。
あたたかいチャイや、スパイスを効かせたクッキーも人気で、店の前には常に人だかりができていた。しかしこうした人気店が、かき入れどきの土日営業をわざわざストップしてまで出店する。その理由はどこにあるのだろう?
「FRUE」でフードディレクターとして、レストランの招聘から当日のマネジメントまで全てを担う松橋美晴氏に聞けば、そのワケが理解できた。
夢から醒めるのが、ご飯だったらイヤでしょ?
「食のクオリティが高いのはなぜ?ってよく聞かれるけど、すごく単純な理由です。同じ会場内では素晴らしい音楽があり、夢のような時間が流れているわけです。じゃぁその時に食べるものはどんなものがいいか? 例えばですけど、何の気持ちも込められていない工業的なソーセージをただ挟んだだけのホットドッグを出されたらどうですか? きっと夢から醒めてしまう。夢から醒めるのが、ご飯だったらイヤなんです。せっかくお金と時間をかけて来てくれる人に、ずっと夢心地でいてほしい」
正に夢心地、異国に誘われるようなスイーツも会場内で販売されていた。“旅先で出会った世界の郷土菓子”を提供することで知られる[郷土菓子研究社]の焼き菓子たち。トロピカルなシートの上に、個性豊かな郷土菓子が並ぶ様子は壮観。ガラスケースの中で鎮座しているのは、どこか宝石のようでロマンチックでもある。
また「FRUE」というフェスティバルそのものの特徴としてインプロ(即興)が挙げられる。出番を終えたアーティストが突然ステージ上に帰ってきたかと思えば、今いるミュージシャンとその場で急遽セッションする。そんなことが平気で起こるのだ。
8年ぶりの来日となったアメリカのシンガーソングライターSam Amidon(写真右)のステージには、打楽器奏者であり音楽家の角銅真実(写真左)が登場! いい緊張感もありながら、はじめて合わせたとは到底思えない相性抜群のパフォーマンスで会場を沸かせた。
こうした「即興を許容し、大事にすること」という、「FRUE」ならではのスタンスと精神性はミュージシャンだけに留まらない。“食”にだって共通するのだと松橋氏は続ける。
「出店者は同じレシピを、ただ繰り返し作って提供する限りではありません。お客さん一人ひとりとコミュニケーションして、トッピングを変更したり、好みに応じて最後の仕上げを微妙に調整したり。工夫を凝らす出店者がたくさんいるんです」
イベントや催事のセオリーとはまさに真逆の考え方だろう。「面積あたりの収益をどれだけ最大化できるか?」を至上命題とすることが通例のはず。それを叶えるべく利幅が高いメニューを用意し、簡易的なオペレーションに専心する。スタッフの数も最小限に、日が暮れるまでひたすら料理を作り続ける‥。しかし本来それは、健全なことなのだろうか?
「音楽も聞かずに、馬車馬のように手を動かしにくるだけなら、一緒にやっている意味はないと思っています。彼ら(出店者)も時には手を休めて、音楽を聴いてもらいたい。一緒にお酒を飲んだりしながら、他のお店とコミュニケーションだって積極的にとってほしい。ただ稼ぎにくるだけなら、東京ビッグサイトのイベントに出店すればいい。アーティストが心から楽しんで音楽をやっているのならば、同じくらい料理人だって楽しむべき。だって祭りって本来、そういうものでしょう?」
そんな松橋氏の言葉を体現するようなレストランがあった。第一回目の開催から出店している、地元・静岡のイノベーティブレストラン、[シンプルズ]だ。
会場の音楽、それを聴く人の鼓動とシンクロするように、リズミカルに料理を仕上げていく。
カオスのなかに潜んでいる、リアリティのある美味しさ。
スローテンポな音楽に身を委ね、ゆったりとした雰囲気の時もあるけれど、注文が重なれば当然慌ただしくもなる。その様子は全てお客さんに丸見えなのだが、その開けた感じが、やけに魅力的なのだ。
例えばちょっといいレストランで、しつらえも整えられたオープンキッチンの中、洗練された所作の気持ちよさに目を奪われるのとは全く異なる。作られた美しさではない、独特の“生っぽさ”に、気づけば釘付けになっている。
率直にその感想を[シンプルズ]井上シェフに伝えれば、狙い通りだよとでも言いたげな表情でこう話してくれた。
「いつもの営業に比べたら、(厨房は)そりゃ、ごちゃごちゃしてますよ。でも本気でやっているからです。インスタントなものや、お湯で溶かすだけで作れるようなもので済ませれば、小綺麗に保てるかもしれない。普段とは違う限られたスペースで、みんなで真剣に料理をするわけだから、雑然とするのは当然。でもそれって僕の思う『うまそう』でもあるんです。東南アジアの屋台とかにありそうな、ごちゃごちゃとしているんだけどヤケに人を惹きつける、あの感じ」
「綺麗な場所で作られて、丁寧に盛り付けられた料理だけがおいしいわけじゃない。とりあえず食べてもらえたらわかる。とにかくうまいものを作るために、本気でやっているから。それは店だろうが、FRUEだろうが、変わらないことなので」
そんな絶対的な自信をのぞかせる井上シェフだが、「FRUE」では自分の店の得意料理を作っているわけではない。毎年違う料理を考え、えいやっと乗り込んでくるのだ。フェスのオーガニックな雰囲気よろしく、“ここの場所でしかうまれない料理”を作ることに意義を感じているのだそう。
今年特にイチオシだったメニューが「パイナップルと豚肉のサンドウイッチ」。井上シェフが過去にブラジルのコパカバーナビーチを訪れた際、現地のレストランで印象的だったという一品である。
「パイナップルと豚肉のサンドウイッチ」は、フォカッチャとフランスパンの中間のような硬さのパンを焼き上げ、グリルした豚肉とじっくりローストしたパイナップルを挟んでいる。独特のあまじょっぱさがクセになる。
「FRUE」の魅力のひとつは、普段聴く機会の少ないジャンルの音楽を知れること。料理でも同じように、まだまだ未知の料理があることを伝えるべく、今年は敢えてブラジルにゆかりのある料理を選んだそう。
「日本で異国の料理といえば、イタリアやフランスみたいなヨーロッパが主流。南米ってあんまり取り上げられることがないけれど、音楽なら南米が有名じゃない? それで今年は南米をテーマにしてみようと」
メニューをよく読むと「静岡の天然魚を使った魚料理(要相談)」の文字が。そう、フェスでまさかの“おまかせ”だ。「普通ありえないでしょ。どんな料理なの?と聞かれたらこう答えます。『細かいことが気になるなら、おまかせなんて頼まない方が良いですよ』って。その時のインスピレーションでやるから、作ってみないことには、僕にもわからない(笑)本当にここだけでしか生まれない料理です」(井上シェフ)
気になるおまかせをオーダーしてみると、数種の魚とじゃがいもをフライしたものが登場。見かけだけではどの魚か判別は難しいけれど、口に入れたときにそれぞれ食感や味わいが違うので、その差異を楽しめる。
食べて、飲んで、音楽を聴くことの普遍性
夜がふけると会場の雰囲気も少しずつ変わっていく。寒さが増していくにつれて、あたたかいものが恋しくなる。体温をゆるやかに上げていくアルコールにだって、ついつい手が伸びる。そんなニーズにもしっかりと応答するフード&ドリンクが勢揃いしていた。
FRUE常連である[荒木町ろっかん]の「羊おでん」は、肌寒くなってきたタイミングで食べたい一品。身体の芯からあたたまる。
羊の出汁は濃厚ながらくさみが全くない。しっかりと味が染みこんだ具を、ハフハフしながら口へと運ぼう。
地元静岡の人気店[お燗と中華 華音]の麻婆豆腐も必食だ。花椒の華やかな香りと、辣油の辛味の刺激がインパクト。極上のソースをまとったひき肉と豆腐、ニラが三位一体となり、ご飯が進むこと、進むこと!
看板のレタリングや装飾だって手を抜かないのがFRUE 流。フェスだからといって、お店の世界観を失うことなく、普段の営業さながらの個性を放っている。
原宿BLOCK HOUSEに不定期でオープンする[Bar CURUPIRA]。日本酒にナチュラルワイン、世界各国のリキュールを使ったカクテルまで、飲みたいドリンクは何でもござれ!
「ラディコン」をはじめ、レアなナチュラルワインも豊富に取り揃う。グラスだけでなく、ボトルでもオーダー可能。尖ったセレクトは静岡[アンジュール マルシェ]のものと聞いて納得する。
レポートの締めくくりとして、[シンプルズ]井上シェフの言葉を借りたい。「FRUEは本当に「祭」だなって思うんです。それも昔は日本に普通にあった感じというか。いくら儲かるとかは一切関係なしに、ただ祭りが好きで、そこには最高な時間があるから集まってくる。うまい飯と酒があり、月が出ている下で音楽にのってダンスをしたら、みんなおんなじだなって心から思う。そこに難しいことは何ひとつなくて」
「みんなおんなじ」正にその言葉通り、井上シェフは、厨房を離れ夜になると地元静岡のサンバチーム「ブロッコ・シズオカ」の一員としても躍動する。料理人、アーティスト、ゲスト、そこにいる誰しもが立場や垣根を超えてフラットに、ただただ音楽を楽しみ、身体を揺らすのだ。
食と酒と音楽。生きていくうえで誰しもが感じる普遍的な歓びなのに、その全てが完璧に揃っている場所は意外とない。もちろんひとつずつの要素をくりぬき、特化した場所ならたくさんある。料理を楽しむためのレストラン、お酒を飲むためのバー、音楽を聴くためのライブハウス、といった具合に。対して「FRUE」はこれら全てが最高の状態になるようにと考え抜かれ、ひとつのスペースに集まっている。
そうと決まれば美味しいフード&ドリンクに舌鼓を打ちながら、流れる音楽に身体をあずけるだけである。ただそれだけで、普段は動かない心の奥にある琴線が、静かに動き出すはずだから。
FESTIVAL de FRUE 2022
4月下旬より順次ラインナップ発表予定
開催日:11月5日(土)6日(日)
開催地:つま恋リゾート彩の郷 (静岡県掛川市満水2000)チケット販売サイト:https://frue.shop-pro.jp/
イベント詳細:http://festivaldefrue.com/
“魂の震える音楽体験を” FESTIVAL de FRUEがワンデイイベントとして東京・立川に登場!FESTIVAL FRUEZINHO 2022(フェスティバル・フルージーニョ・2022)
ラインナップ:Bruno Pernadas, cero …and more TBA
開催日:6月26日(日)
時間(予定):開場 14:30 / 開演 15:30
開催地:立川ステージガーデン(東京都立川市緑町3-3 N1)チケット
早割:12,000円(限定500枚)
前売:14,000円
当日:16,000円
販売サイト:https://frue.shop-pro.jp/※1月27日現在、1階フロアのみを利用した座席を外したオールスタンディング形式を予定しています。
しかし、感染状況により全自由席のオールスタンディング形式になる可能性があります。
また、チケットの販売状況次第で2階席、3階席を全自由席として追加販売いたします。イベント詳細:http://fruezinho.com/
Text by Shunpei Narita
Photo by Rintaro Kanemoto