カウンターカルチャー「カウンターは酒場だけのものではない」

002 長野市[カフェ ル・ギャルソン]


Hikaru YamaguchiHikaru Yamaguchi  / Jan 25, 2023

カウンターカルチャーとは?

カウンターカルチャー【counter-culture】

一般的には、1960年代のアメリカを中心に展開した文化の総称で、旧来の保守的な高級文化であるハイ・カルチャーに対する抵抗的なカルチャー(サブカルチャーの一部)を指す。しかし、ここで云う「カウンター」はバーのカウンター、コーヒースタンドのカウンター、あるいは寿司屋のカウンターのこと。一枚板に、L字やコの字…と素材や形状に店舗の味が光る部分でもある。

そんなカウンター越しに生まれるカルチャーがあると思う。店員さん、ほかのお客さん、料理や飲み物…さまざまな登場人物がカウンターを媒介として巡り会うことで、そこに新たなものの見方や感じ方が具現化されていくのではないだろうか。この企画ではそういった切り口でお店を紹介していきたい。


カウンターは酒場だけのものではない

 第一弾では、三軒茶屋の[おでん学園]を紹介したが、カウンターカルチャーはなにも酒場に限ったものではない。

 学生時代にヨーロッパを訪れた際、パリのカフェやローマのバールなどいわゆるコーヒーを飲む場所が日本よりも人々の生活に密接なのだと感じた。しかし、よくよく見ていると、カフェやバールはただ“コーヒーを飲む場所”ではなく、コーヒーを片手に“コミュニケーションを取る場所”なのだと思えてきた 。

 今回紹介したいのは、長野県長野市は善光寺の近くにある[カフェ ル・ギャルソン]。螺旋階段を上って2階のテーブル席に着く。コーヒーとクロックマダムを注文すると、マスターは「いいですね」と 笑顔で一言。そう言ってもらえると、自分のチョイスが良かったのだと思えて、途端に居心地が良くなった。

 実はこのお店、1年ほど前に一度訪れたことがあるのだが、今回「二度目ましてのお礼です」とりんごをサービスしてくれた。ここで完全に心を掴まれてしまった! なんというサービス精神の塊なのだろう。ほどよく距離が縮まっていくのが分かる。

 そんなホスピタリティに満ち溢れるマスター(いや、敬称はムッシュとすべきか)の山﨑さんはこう語る。

「25歳のときに絵描きを目指してパリへ行きました。そこで目にしたギャルソン(給仕)に憧れて、日本に戻ってカフェをやることに決めたんです」

 山﨑さんがコーヒーを淹れる所作やサーブするリズム、ステップ全てに美学を感じる。まるで踊っているかのようだ。現地で吸収したものをご自身の形に昇華しているのだろう。視野が広く、欲しいときに欲しい言葉をかけてくれる。だからこそ居心地が非常に良い。驚いたのが、お店に入る前に駐車場を探しながらお店の前を通り過ぎた時、 窓越しに店内を覗いていると山﨑さんと目が合った。それ以上は何もなく車で通り過ぎただけだったのに、お店に入ると「きっと戻ってくると思いました」と山﨑さんは言ったのだ。視野が広すぎるし、この人は見る以上に感じているのだ。

 お店の1階に配されたカウンター席でどうしても一杯いただきたく、席を移動させてもらう。客席側にUの字にせり出した「馬蹄型」。山﨑さんは、蹄の中でドリンクをつくっては流れるようにカウンターを出入りする。 ワインセラーの上に置かれ、ジャズを鳴らすレコードプレーヤーの円盤が変えられる。ビル・エヴァンスの『What’s New』というジャケットがこちらを向いている。フルートが聞き覚えのあるメロディーを奏で出す。「今日は特別な日です」と山﨑さん。

グルーヴを楽しむ

 ビル・エヴァンスは、クラシックはもちろん、ロックやソウルなどさまざまなジャンルの音楽を習合したジャズ・ピアニストだ。このお店にはビル・エヴァンスがよく馴染む。

 きっと、訪れるさまざまなお客さんをそれぞれに合わせた形で楽しませ、場合によってはお客さん同士を繋げる山﨑さんだからこそ成せる技なのだろう。こういうことは誰にでもできるわけではない。型にはまった接客ではないのだ。いつか本で読んだ「守破離(しゅはり)」という言葉が頭に浮かぶ。これは、茶道や歌舞伎などの芸能や武道におけるプロセスのことで、まずは先人の教えを守るところから始まり、習得できたらその型を破る。最終的には独自に発展させ、型から離れた己のスタイルを確立する。この一連の流れを指す。山﨑さんはここでいう「離」の段階に達しているのだと思う。

 サービスや空間すべてにおいて、その場その場のそこにしかないグルーヴを感じる。これを体感することこそがカウンターカルチャーである。

カフェ ル・ギャルソン
長野県長野市横町440-7
Instagram @cafelegarcon

Photography by Taro Oota
Edit by Yoshiki Tatezaki

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