料理人・波平龍一の「半年間、蔵人生活」 -4-

誰かを思ってつくる味


Ryuichi NamihiraRyuichi Namihira  / Apr 27, 2024

年が明けてから早くも数ヶ月、辻本店さんでの蔵人生活も折り返し地点を過ぎ、微かにゴールが見えてきた頃。冷え込みはいまだ厳しく、雪がちらつく日もしばしばでした。

これまで経験した中で、一番厳しい “勝山の冬” は、それはもう大変なもので…。
朝起きてまず気になることといえば、車のフロントガラスが凍っていないかどうか。かなりの確率で凍っていて、ワイパーを立てておくのを忘れた場合、ガラスに張り付いて微動だにしなくなります。

道路の凍結にも、しっかり注意しないとひどい目に遭います。
今回実際、慣れない山道でスリップするという恐ろしい体験をしてしまい、一瞬、これまでの人生の色々を思い返したりする事態に陥りました。寒いのが大の苦手である僕には、非常にタフな日々でした。

しかし、そういった冬のしんどさがあるからこそ体験できるおいしさもあります。

まず皆さんにきちんとお伝えしたいのは、厳寒の勝山で呑む御前酒の熱燗は、尋常じゃなくうまいということについて。 体の芯まで冷え込む二歩手前くらいのところで、しっかり温めた「御前酒 辛口」を呑んだ時の体の緩みには、皆さんの想像を遥かに超えたリラクゼーション効果があります。僕がその感動体験をしましたのは、言わずと知れた勝山のレジェンド居酒屋「鳥勝」さんにて。店主岡田さんが焼き上げる新鮮な鶏肝の塩と共に。それはそれは素晴らしい瞬間でした。

お猪口には店名の「鳥勝」をデザインしたロゴが

さらには蔵人さんのお母様が漬けた白菜漬け。冬の甘さが詰まった唯一無二の味わい。 塩、柚子、漬かりの加減がなんとも言えず、不完全とも言えそうなのですが、過不足がないという不思議なバランス感を持っていました。「旬」が活き活きと感じられる逸品、日本酒相性なのは言わずもがな。

こちらは蔵人さんのお家の軒先で開催された、餅つき大会にて出会った味です。冬空の下で親子三代揃い踏み、ファミリータイムに混ぜてもらい、寒いような温かいような忘れられない時間になりました。 

大根もちと、白菜漬けの最強タッグ。永遠のループが完成していました。

さらにさらに、居酒屋「より道」さんでの夜のことをお伝えしないわけにはいきません。まずは、こちらの名物(?)である真っ黒いおでんに、これまたあっつい「御前酒 美作」を合わせて一息。呑みが進んだところで、シメにいただいた “塩おにぎり “に完全にやられました。

並んだ姿が実にキュート。ほんわりとしていながらビシッと角が立っています。

出で立ちからしてただのおにぎりではないという事が、わかる人にはわかるはずです。 特別なこだわりを持って炊いているわけではない、と語る店主の横山さん。よくよく聞いてみるとその美味しさの秘密は “握り “にありました。
先代のお母様が切り盛りしていた頃、お手伝いで入っていたお父様が握る塩おにぎりが大変好評で、その味わいに常連さんは惚れ込んでいたそう。お父様が店に立たなくなってからというもの、おにぎりの担当はヌルッと息子へと代替わり。今も尚、横山さんはお父様の握りを脳内再生しながらおにぎりを握り続けているとのことでした。

どの写真もなんとなく撮ったにしては画になっていると思います。細部まで気を配って配置した盛り付けとは対極にある、「よそった」「盛った」などの言葉が似合いそうな装いです。

でも、かっこいい。
かっこつけていないのに、かっこいい。 
そして何よりおいしいのです。

何がその装いと、おいしさを作るんだろうと考えてみました。そしてある一つの共通点を見出しました。それは、これら全てが特定の “誰か “を思って造られたものであるという事です。

御前酒は、地元の人々。
漬物は、家族。
おにぎりは、お父さん。

特定の誰かではなくとも大切な人々、目の前にいる家族、そして忘れられない味を作ってくれたお父さんの手つきを思って造る。誰かを思って造る味は、ぼんやりとしたおまじないで出来上がっているのではないと思います。
対象が具体的であるからこそ、一つ一つの美味しさを造る工程の理由が明確になる。 ここにマジックが潜んでいるのではと。

一本の日本酒が造られ、世に出ていくまでの時間の中にこのことがひしひしと感じられる場面が多々ありました。

「甘めの商品のリリースが続いたけえ、
そろそろキリッとしたやつが欲しい頃じゃろう。」

「これもこれでおいしいけど、濾過して少し香りを抑えちゃらんと、
いつもの味じゃねえって叱られるけえなあ。」

「これのあっためたやつと、鳥勝の焼き鳥を一緒に食うのが最高なんじゃ。」

おそらくこれらの言葉は、杜氏さんをはじめとした蔵の皆さんが、地元の方々・酒場を思い浮かべて発しているものです。

菌と働いているわけですから、何もかもが思った通りというわけではありません。とはいえ、日本酒の味わいというのは偶然ではなく、たくさんの数字の集積によって意図的に作られています。それらの数字のコントロールは、飲み手・飲まれる場所・時期など様々な要素を想定することから始まります。そしてさらに具体的な項目として、酵母、麹菌、磨き度合い等の選定においてもそれらの想定が加味されているはずです。

自分の料理はどうかなあ、と思わされます。
どうもまだまだ格好つけようというばかりで、「誰か」に対する理由が乏しい。率直にそう感じます。少なくとも、岡山で出会ったこれらの味わいよりは。

少し発想は跳びますが、誰かを思ってつくる味の代表例としては、「母の味」も挙げられるはず。おいしいのはもちろん、心に残る味。それって具体的にどうやって生まれるんだろう…。そんなところにまで考えが及んでいくような、素晴らしい食体験の数々でした。

岡山での生活においては、酔っ払っているときにまで、一生モノの発見が飛び出してくるので油断も隙もありません。ここから、仕込みを終える日まできっと一瞬で過ぎ去っていくはず。おいしいものの食べ損ないには特に気をつけながら、春の勝山も引き続き存分に楽しんでいきたいと思います。

(Edit by Shunpei Narita)
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