おいしいユリイカは今回からWEBにお引越し。
より自由に食や作り手、その周辺の土地や環境、モノコトに触れていこうと第一回は、雲仙市に移住して3年目の［BEARD］原川慎一郎さんを訪ねました。

待合せは石の段々畑の先、細い道を歩いていくと、その畑だけ表情が違うのがわかる。

作り手のお人柄なのか、のびのびとした表情のある畑。

その奥からこちらに手を振って迎え入れてくれたのは、この畑で在来種の種取りをしていらっしゃる岩崎政利さん。原川さんはこの岩崎さんに出会って、ここで彼の野菜を中心としたレストランを作りたいと移住されてきた。

原川さん、週に何度かここの畑に来て、野菜を分けて頂き、岩崎さんと会話を楽しんでいる様子。在来種への取り組みや想いに共感した原川さんに、岩崎さんは大事そうにその野菜の土を払い手渡す。岩崎さんの在来種の野菜は私も何度かいただいたことがありますが、またいつかちゃんと数日かけて取材したいと思うほど、まだまだ私なんかに簡単に書けるものではない。何度もお邪魔して行きたい人に出会えた時間となった。

岩崎さんの畑を後にして、車で10分ほど走り、今では雲仙の顔にもなってきたオーガニック直売所［タネト］さんへ。ここで他の野菜の仕入れをしていく。

ここは岩崎さんのお野菜やその影響を受けた若手の作り手さんなどの野菜が集まってくる場所で、このエリアの作り手さんの交流の場、サロン的な存在にもなっている。

原川さんは、慣れた手つきで、どこに何があるか把握している様子で、すいすいと野菜の顔を見ながら、選んでいく。

買出しを終えて、海沿いの崖道をくねくね車を走らせていくと湯気立ち上る小さい温泉街に着く。目の前が海。車道脇から温泉の湯気が立ち上り、ノルタルジックな映画の舞台の様な小浜、メインストリートからも見える古い商店街の中に国内外から人が訪れる［BEARD］がある。

この町の表情、蒸気立ち上がる景色、そしてこの壁紙を見て、ここだと思ったそうだ。

ひらめきの人、原川さんが想った様子が目に浮かんだ。そこから手に入れた野菜たちの様子を伺う様に洗いだし、先程の微笑む表情とは違って、今夜のディナーのメニューの組み立てを考える様な集中モードに入りそうだったので、一旦、夜のディナーまで私たちも宿で休憩。

夕焼けが落ち着き出した18時——ノスタルジックな町にはオレンジの街灯が灯り、［BEARD］が開店。さまざまなエリアから集まってきたゲスト達が席に着く。7席のみの一斉スタート。

さっきまで畑にいた野菜達がきれいに洗われて、ライトの下で瑞々しく佇んでいる。どんなに長い時間かけてこの姿になったんだろう…と岩崎さんの畑の中、微生物まで尊く思える。皆様にお飲み物を聞いて、まずは透明な野菜のスープから始まっていく。

畑で見たのびのびした野菜達が可憐にお皿に並び、そのおいしさや食感を最大限引き出された状態で目の前で展開していく。生き生きした野菜がしつらえられた［BEARD］のカウンターは、原川さんが自分のフィールドの中で野菜達、作り手を想い、その一つ一つの野菜に敬意を払い、命を繋ぐ皿たちにその想いを託している様な、その姿はなぜかルネッサンス時代の修行僧の様な、細かい仕事を積み重ねているフレスコ画家の様な姿にも見えてきて、ここはどこなんだろう…とタイムトリップした感覚になってしまった。

東京の目黒時代から原川さんの料理を知っている分、今回いただいたお皿達を食させていただいて、その立体感と野菜中心なのにこれほどの芳醇さ、美しさ、食感と展開に驚いた。

この3年間の向き合い方がどれほどのものだったのか。そして、どれだけ岩崎さんの野菜、それに影響された若手の作り手たちの想いと向き合いながら、ここでしか作れない、表現できない料理にする為に野菜本来の持ち味と、シェフとしての表現を“行ったり来たり”しながら、この絶妙な立体的なバランスに行き着いたのだろう…と感じるばかりです。わざわざここに来ないと味わえない、原川さんの表現の桃源郷がここに出来ていた。九州や東京からいらっしゃっていたお客様達からの微笑みに包まれて、美しい小浜の夜が温かく尊い時間となっていた。新たな原川さんの世界に触れさせていただいた“おいしいユリイカ”でした。

BEARD｜ビアード
長崎県雲仙市小浜町北本町2−１
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IG @beard_shin_harakawa

Photo by Norio Kidera（写真　木寺紀雄）IG @noriokidera