シティライツ・レストラン
007 「普通を真面目に、半世紀以上も町を見守るお好み焼き屋さん」
今年の夏は暑すぎる。地上での生活を諦め、地下生活を試みる人が増える未来はそう遠くないとすら感じさせるほど暑い2024年の夏。そんな時代でも変わらず定休日以外の週6日を鉄板の前で過ごす、倉敷のお母さんがいます。
僕は今年11月に開業を控えている倉敷美観地区での宿の担当をしている関係で、1年ほど前から倉敷に通っています。その倉敷美観地区は東町にある現場近くの[かたおか]というお好み焼き屋さんに、かれこれ10数回は通っています。L字型に並んだカウンターに10席ほど、一辺の席の目の前には鉄板が広がっていて、そこで調理や仕上げが施される、ほっこりとした距離感のあるお店です。出来上がった料理はそのまま鉄板の上を移動し目の前に置かれ、口にする分量だけを小皿に取ってふうふうしながら食べる、このスタイルが堪らないのです。
手書きの「毎度ありがとうございます。」が何ともこのお店の雰囲気を物語っている。
[かたおか]のお母さんはもうかれこれ50年以上も一人でこのお店を切り盛りしていて、ここに来ると倉敷やこの町の昔の話やお母さんの今までのお話を教えてくれ、時には僕の仕事の話も熱心に聞いてくれる。まるで遠くに住むおばあちゃんの家に帰省した時のような時間が流れています。この時はパリオリンピック期間中だったということもあり、オリンピックの話題が絶えず、体操男子で団体・個人と三冠を達成した岡山出身の岡慎之助選手は小さいころからよく知っていると嬉しそうに話をしてくれました。
この日も午前中はランニングに出かけ(遅くまで寝てランニングに出かけ、とことんお腹を空かせた状態でお昼ごはんを食べに行くのが休日の過ごし方です)、40度近くの炎天下の中、10キロほど走った極限状態でお店に来たので、まずは冷えたビール。「奥の冷蔵庫にキンキンに冷えたビールがあるから、それを持ってくるね」と言われ、つい笑みがこぼれてしまいました。
表の冷蔵庫は夏になると冷えが甘くなってしまうらしく、裏の冷蔵庫からうんと冷えたビールを持ってきてくれました。
この日頼んだのはカレーライス。お好み焼き屋さんということもあり、普段は焼きそば・モダン焼き・お好み焼き・そばめしあたりを頼んでいたのですが、お店に通う中で顔見知りになった常連さんがよくカレーライスを頼んでいたこともあり、ずっと気になっていたカレーライスをこの日は初めて頼んでみました。
具材は至ってシンプルで、牛肉とタマネギとニンニクのみ。「この暑い夏に負けず頑張ってね」と言わんばかりの量のニンニクが刻まれ、鉄板の上で香りを漂わせ始めます。
ビールを飲みながらカレーの出来上がる様を眺めていると、14時を過ぎたのに他のお客さんもぞろぞろと。皆さんはやはりお好み焼きやモダン焼きを注文し、鉄板で作業をするお母さんを見ながら出来上がりを待っていると、どこからか漂うカレーの香りに興味津々。常連の優越感とでも言うのか、なんだか少し誇らしい気持ちになりながら店内のテレビに映る再放送のバレーを見ていると、可愛らしいカレーライスが運ばれてきました。
辛みがなく、タマネギと牛肉の甘さが絡み合い、とても優しい味。いわゆる味が薄いことを婉曲的に表現する「優しい味」という形容ではなく、本当にお母さんの優しい人柄が味にでているのです。
数日前から現場近くの家を会社で借り、京都の家を空けて調理器具なども何もない生活を始めたばかりの今の僕には優しすぎる逸品でした。
お世辞にも冷房が効いていると言えない店内で、汗を流しながらカレーを完食した後は、クールダウンのビールをもう一本頼んでしまいました。
お店を出るころにはお客さんが僕だけになり、お母さんも一緒に席に座って昼食休憩をとりながらまたオリンピックの話。すっかり汗もひいてお会計を済ませると、「暑いから熱中症には気を付けてね」とお母さんの一言。「お母さんこそ、また来週ね。」そんな会話ができる場所が近くにあることが、1Fオフィス・2F住居という環境での生活を始めたばかりの今の僕の心の拠りどころなのです。僕だけではなくこの近くに住む多くの人がお母さんの味に救われているんだろうな。
- Naru Developments
上沼 佑也 / Yuya Uenuma
1995年生まれ、埼玉県出身。中学から都内の学校に通っていたこともあり、約15年間は東京で時間を過ごし、2022年10月より京都へ移住。明治大学とカリフォルニア州立大学へ通い、卒業後はコンサルティングファームに就職。その後、Insitu(現Staple)に入社し、ホテルや飲食店、Coffeeブランドの立ち上げなどを経験したのち、Naru Developmentsに転籍。現在は旅館の企画開発や運営に携わる。趣味は食べ・飲みに加え、ランニング(太らないために)とサッカー(アーセナルファン)。湯呑や椅子などをはじめモノ好きで、リサイクルショップのオンラインストアをチェックすることが日課になっている。
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