料理人・波平龍一の「半年間、蔵人生活」 -6-
“半年間、蔵人生活” のススメ
ついに半年間の蔵人生活を終え、東京に戻ってきました。
社会に出てから飲食の現場でのみ過ごしてきた自分にとっては、癒しがあり、驚きがあり、何より新鮮な発見に溢れた夢のような時間でした。
当初は、蔵で働くことで日本酒の美味しさの秘密を、主に技術的な面から理解しようと考え臨んだ蔵人生活。しかしながら、vol.3にも書いた通り、見るべき点は技術的な部分ばかりではないことがわかり、それからは日本酒を造るにあたっての心意気の部分にも注目しながら蔵仕事に取り組むようになりました。
そうして今、辻本店さんで過ごした日々を思い返して日本酒の美味しさの秘密について考えてみたとき強く思うこと。それは、“酒造り”とはただ酒を造るというだけではなく、その土地の「暮らし」の営みの中にあってこそより良いものになるということです。
その蔵に関係している人々の「暮らし」が経済的な部分に限らず、豊かになることが結果的に良い酒造りへとつながっていくという流れに、その土地に住んで働いたからこそ、気付くことができました。
蔵人の皆さんについて言えば、仕込み期間のハードな毎日の中でも、特に“食べること”を通じて、暮らしに楽しみを見い出していました。
これでもか!というほど体を使う仕事ですから、毎日とってもお腹が減ります。なので夕方の休憩時間の話題は、かなりの割合で美味しいものに関する話でした。今日の晩ごはんは何にしようか、真剣に考えます。
「昨日、道の駅でウドの芽買うたけぇ。今日は天ぷらにして食べるって決めとるんじゃ」
「夕飯は豚肉と、冬の甘〜いネギどっさり入れた鍋するんじゃあ」
「帰りに『三金や』(地元のスーパー)寄ってええ鰤があれば、今日は鰤しゃぶじゃな」
皆さん食べるのが大好き。
晩ご飯のお話をしている時の嬉しそうな顔をいつも素敵だなあと思って見ていました。
僕自身にとっても、仮住まいの自宅で料理をして、御前酒を飲むことは毎日の楽しみになっていました。身体を思いっきり使うことで生まれる強い空腹が、食べる喜びをシンプルかつより強烈なものにしてくれていたのだと感じます。あの日々の中で作っていた自分の料理は、自らの食欲に真っ直ぐ答えていて、写真を見返してもなんだかワクワクします。
身体が資本である“酒造り”において、暮らしの食の質向上は、仕事の質の向上に直結している。これは辻本店さんでの半年を経てたどり着いた結論の一つになっています。
勝山で作ったおうちご飯たちの写真。道の駅や地元スーパーに並ぶ素材が安くて、美味しいという最高な環境でした
もう一つ、暮らしと酒造りの関係性について印象的だったのは、蔵と町の繋がり。その関係性を色濃く感じることができるイベントが、年に二度、勝山で開催されています。蔵開きのお祭り「御前酒祭り」です。
町内外から家族みんなで蔵を訪れ、子供たちは賑やかに遊び回り、大人たちは御前酒を煽って大いに酔っぱらう。幅広い世代が「御前酒」を中心にして集まり、美味しい時間を楽しむのです。そんな光景を目の当たりにしたときに、勝山の「暮らし」の営みの中にある辻本店さんの酒造りの尊さが一層際立って見えました。皆さんもぜひ機会があれば行ってみて欲しいです。ほんと、楽しいですよ。
自らが住む町の酒蔵が元気であることは、その土地に住まう人々にとって大変誇らしいことなのだということを、勝山で過ごした日々の中で感じました。観光、文化、グルメなどあらゆる面でその町の魅力になりうる”酒蔵”という存在は、酒を醸すことを軸にして、その土地の風土や文化も醸成していく。100年そして200年と続く蔵元が多いのは、そういった特性もあってのことなのかもしれません。
元気な酒蔵が人を、町を、よりよくすることが、いいものづくりをするための蔵の環境と体制づくりにつながっている。この関連性もまた、今回の蔵人生活で得た自分なりの結論です。
皆さんもきっと勝山の酒場で、御前酒を一杯やれば町と蔵の関係性を感じてもらえるはずです。機会があれば、是非とも勝山へ。おすすめの酒場はVol.4にまとめましたので参考までに!
御前酒祭り雄町米おむすびを結ばせてもらったときに撮った一枚。
左が杜氏の辻麻衣子さん。右は蔵元の辻総一郎さん。(真ん中が私、波平です)
半年間、ほぼ見知らぬ土地で暮らして、働いて変わったこと。
前に前に!とつい生き急いでしまう気持ちを少し落ち着かせてもらえて、毎日を味わう心のゆとりを持つ大事さに気づかせてもらいました。
そのゆとりがあれば、毎日をもっと豊かなものにできるし、そんな毎日が良い仕事をするための土台を自分の中につくってくれるのでは…今はそんなことを考えながら東京での生活に少しずつ戻っていっています。
住んでいるのは青梅なので、東京とはいえ自然がいっぱいです。流れる時間は、都心に比べてかなりゆったり。勝山に行く前から居心地のいい土地だなあと思っていましたが、今は景色の見え方・捉え方が変わったことでさらに愛着が増してきています。半年の間で備わった「毎日を味わうゆとり」がなんとかキープできている証拠でしょうか。だといいなと思います。
青梅の神代橋から撮ったある日の風景です
いつ頃までかはわかりませんが、酒造りは農民を主体とした季節労働者の存在が必要不可欠な現場でした。昔は生活のためにやむなく家族と離れて出稼ぎに出るという、どちらかというとネガティブな位置付けでしたが、今なら、もっとポジティブな働き方として世の中に広めていける可能性を感じました。
現代においてはそんな働き方をする人は少ないですし、なかなか実現するのも難しいのかもしれません。でも、もしそれができる状況にある方には、半年間の蔵人生活を強くオススメしたいです。ずーっと走り続けてきて、色々と急ぎすぎている方には特に(笑)。きっとその時々の自分にとって、必要な気づきを得られる時間になるはずです!!
“半年間、蔵人生活”のススメ。
皆さんもぜひ一度、検討してみてはいかがでしょうか?
蔵の皆さんに晩ご飯を作らせてもらった時の様子。皆さんいい笑顔ですね
全六回。お付き合いいただきありがとうございました。
初めての連載でしたが、おかげさまで楽しく終えることができました。
自分にとっても大事な半年間を詳細に書き記した、特別な文章になったと思っています。
RiCEさん、貴重な機会を与えてくださりありがとうございました!!
(Edit by Shunpei Narita)
- 暮らしの料理 調理担当
波平 龍一 / Ryuichi Namihira
1993年、神奈川県出身。大学卒業後、東京の懐石料理店にて料理人としてのキャリアをスタート。その後、京都に拠点を移し、中東篤志氏に師事。現在は、東京あきる野にて自然農に取り組んでいる、妻の波平雪乃と共に[暮らしの料理]の屋号で晩御飯企画を主宰。 その他イベントへの参加や商品開発を中心にフリーで活動中。
IG @namihei_kome