大越基裕さんのワインペアリングを千葉麻里絵さんが体感
【PAIRING CROSSTALK 前編】大越基裕(Ăn Đi)×千葉麻里絵(EUREKA!)
RiCE No.37「特集 みんなのペアリング」では、シーンのトップランナーとも呼べるお二人によるお互いのペアリング試食&対談が実現。ウェブ版ではその一部を特別に公開! まずは大越基裕さんのお店[Ăn Đi]にて、千葉麻里絵さんがペアリングを体験。
ハーブとオイルのアロマ
受けとめるのはロジカルなペアリング
——今日は、お二人にお互いのペアリングを2種類体験していただきますが、意外にも、この組合せでの対談は初めてだそうですね。
千葉麻里絵さん(以下千葉) イベントや飲食店関係者の勉強会など、大越さんとごいっしょする機会は以前から多いのですが、こうしてメディアでじっくりお話するのは初めてです。[Ăn Đi]も、今年シェフが交代されてから初めてお邪魔するので、どんなペアリングが体験できるのか楽しみにしていました。
大越基裕さん(以下大越) 僕が麻里絵さんのペアリングの面白さを実感したのは、二子玉川[すし 㐂邑]で行なわれた、店主、木村康司さんが握る熟成すしに即興で酒を合わせるというライブイベントでした。
千葉 6、7年前ですね。今思い返してもハードなイベントです(笑)。
大越 最初のペアリングは、「枝豆と帆立のカインチュア」×ニュージーランド「ソーヴィニヨン・ブラン 2023」です。「カインチュア」はベトナムを代表するスープのひとつで、酸味とうま味が特徴的な味わいです。スープをひと口飲んだらワインを飲んでください。コースのアミューズの後の一皿目としてお店で出しています。
枝豆と帆立のカインチュア
ブランク・キャンバス ソーヴィニヨン・ブラ ン 2023
千葉 (ペアリングを試しながら)トマトのクリアなスープに、ホタテ、マーガオ(台湾で愛用されるレモングラスのような香りをもつ山椒)に…、あ、ブルーベリーも入ってる。このブルーベリーの使い方、すごくいいですね…!
大越 ソーヴィニヨン・ブランには〝カシスの芽〞と表現される華やかなグリーンの香りがあります。ブルーベリーはその香りにつながるようなイメージです。
千葉 (カインチュアを食べながら)タコに枝豆豆腐に、枝豆も入っていますね。ペアリングの前に、このワインを単体で飲んでみたら、トマトやセロリのような野菜のニュアンスを感じたのですが、実際に、トマトエキスのスープが出てきて納得しました。でも、このペアリングがすごいのは、料理もワインも、共通するトマト様の香りを同調させて終わりではないところ。食感のある枝豆が加わることで重心が生まれて、味わいの輪郭が浮かび上がってきます。かかっているオイルは何だろう…?
大越 重心が生まれることでスープでもワインに合う世界観が生まれます。かかっているオイルは、ムージャンユ(レモングラス様の香りをもつアオモジのオイル)とラベンダーオイルです。あとはハーブを数種類あしらっています。
千葉 かなり複雑な味わいですよね。食べていて楽しいです。
大越 香りの要素が多いので一つひとつの香りすべてにワインを合わせるというのは、難しいんですよね。考え方としては、出来上がった一皿の香りにワインの香りを差し込んで、どれだけいいハーモニーを作れるかという世界だと思っています。
千葉 このソーヴィニヨン・ブランはニュージーランドなんですね。
大越 通常のニュージーランドのものより、今回選んだ「ブランク・キャンバス」は香りが少し控えめで、その分味わいが豊かです。ワインと料理の相性は、香りのトーンがあまり強すぎても相性が難しいので、このワインの穏やかなアロマと、料理にふんだんに入っているハーブ、それからトマトの風味。このクロスオーバーするような味わいのバランスが心地いいのがこのペアリングのポイントです。
——では、2つ目のペアリングにいきましょうか。
イカとディル
大越 次は、ディルと雷魚などの白身魚をターメリックで炒めた「チャーカー」というハノイの郷土料理をベースに、魚をイカに置き換えて、イカの中にターメリックで味付けしたズッキーニを詰めた「イカとディル」に、軽くてフルーティなオレンジワイン、オーストラリア「レコ ブラン コーナー 2022」を合わせました。こちらはコースの5皿目に提供しています。
レコ ブラン コーナー 2022
千葉 (ワインを口にして)このオレンジ、少し紅茶のようなニュアンスと、含み香には柑橘を感じます。
大越 オレンジワインのペアリングにおいては、オレンジがもつ渋味をどれくらい必要とする料理かによって選び方が変わってきます。ポイントは3つあって、粘度、油脂、歯ごたえ。この料理に関して言えば、ダルマイカもディルも油脂分はほぼありません。そこにオレンジワインを選ぶのは、下に敷いた河内晩柑のソースに少しとろみがあるから。それに合う渋味が欲しかったのと、さっき麻里絵さんがコメントした、含み香に現れるオレンジ系の香りが豊富なこと。同じく柑橘のソースとの相性がよいのでこちらを選びました。
千葉 ワインに感じた柑橘のニュアンスを料理でも味わいたいなと思っていたら、河内晩柑のソースがあって。求めていた味が出てきた嬉しさと、イカに詰めたターメリックがほどよい強さで、食べ進めていくと徐々に味が出てくるのが気持ちいいですね。
大越 お店では、コースでの提供なので、ペアリングも同調だけでなく、飽きないように補完やコントラスト
——もともとワインの世界では「マリアージュ」という言葉が主流だったかと思いますが、「ペアリング」という言葉が広がったのはそれほど昔の話ではないですよね。
大越 この業界に入って25年くらい経ちますが、その頃使っていた言葉はペアリングではなく確かに 「マリアージュ」でした。僕は「マリアージュ」も「ペアリング」も、フランス語なのか、英語なのか、言語の違いがあるだけで、同じ意味だと解 釈しています。当時のマリアージュは、今と比較するとゆるい感じの「マリアージュ」でしたね(笑)
一同 へー!
大越 オーソドックスなフランス料理のレストランだと、昔はバイザグラスではなく、ボトルでオーダーするパターンが多かったですよね。コースに合わせて、赤ワインを1本選び、ゆっくり温度を上げながら楽しんでもらって、メインの料理が出る頃には、ばっちり合いますよと説明するのが、当時の僕らの決まり文句(笑)。実際は、コースの途中は料理と合わないケースもありましたね。「ペアリング」という言葉をよく耳にするようになったのは、北欧辺りでイノベーティブレストランでデギュスタシオンコース、いわる少量多皿で提供するコースが主流になってきた頃でしょうか…。僕がペアリングを提供し始めたのは、約15年前、当時在籍していた銀座[レカン]です。その時は、グランメゾンでペアリングを提供していたところは、なかったように記憶しています。導入してみたら、お客さんからものすごく評判がよかったんですよね。
千葉 私は、日本酒には日本酒ならではの料理との提案があるはずと探求していたときに、アミノ酸につい て調べているうちに口内調味に触れて、これだったらいけると思ったんですよね。そのときに、「マリアージュ」という言葉は使わず、「ペアリング」という言葉を使って提案していこうと思ったんですよね。
後編へつづきます。
料理やワインの詳細も含む記事全文は、RiCE No.37 NOVEMBER 2024「特集 みんなのペアリング Pairing for All」の誌面でご覧いただけます。
コンテンツの詳細およびご購入はこちらから大越基裕|Motohiro Okoshi
北海道出身。モダンベトナム料理店の外苑前[Ăn Đi]、広尾[Ăn Com]オーナー。国際ソムリエ協会認定 International A.S.I. Sommelier Diploma WSET Sake Level 3 Educator。フランスにて栽培から醸造まで学ぶ。2001年[銀座レカン]に。その後シェフソムリエを経てワインテイスター/ソムリエとして独立。世界各国のワイナリーなどを巡りながらコンサルティングや人材育成も手がける。著書に『ロジカルペアリング』。
IG @moto_okoshi千葉麻里絵|Marie Chiba
岩手県出身。西麻布[EUREKA!]オーナー。日本酒ソムリエ。山形大学で食品の物質工学を学ぶ。卒業後、SEとして勤めたのち、日本酒に魅了され飲食業界に転身。日本全国の酒蔵を訪ね、酒類総合研究所で専門知識を身に付け、化学的知見から「口内調味」や「ペアリング」をキーワードに新しい日本酒体験を提案。海外客も多く訪れる。共著書に『最先端の日本酒ペアリング』。
IG @marimarimo125
Photo by Norio Kidea(写真 木寺紀雄)
Text by Naoko Asai(文 浅井直子)
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