『フード・インク』から15年。見えてきた新たな現実
『フード・インク ポスト・コロナ』公開!ロバート・ケナー監督インタビュー
アメリカの食品業界が抱える環境破壊、動物虐待、労働者からの搾取。2008年に公開された『フード・インク』は、食品業界の闇に鋭く切り込み、衝撃的な現実を暴き出して世界を驚かせた。第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、日本でも2011年に公開されスマッシュヒットを記録。食の安全についてのドキュメンタリー映画も増え、
しかしコロナ渦で工場や物流が停止。
そうして生まれたのが『フード・インク ポスト・コロナ』だ。本作では異性化糖やスナック菓子など“超加工食品”の危険性にもスポットを当てている。再び明らかにされる、工業型農業の問題とは? 私たちは何をどう食べるべきなのか? ロバート・ケナー監督に話を聞いた。
『フード・インク』続編。コロナで浮き彫りになった「食」業界の今
――『フード・インク』が全米で公開されてから15年経ちました。新作『フード・インク ポスト・コロナ』の制作のきっかけは「コロナが食環境の破綻を可視化した」とお話されていましたね。パンデミック前は、オーガニック商品やサステナブルな商品が増えたことなどから『フード・インク』が伝えたメッセージが浸透したと、楽観的に考えていらっしゃいましたか?
『フード・インク』公開後、世間の食の関心は熱狂的なほど高まって、その後書籍や映画も次々発表され、僕たちは時代精神の一部だと感じていた。食べ物がどこからきて、どうやって作られるのか。隠された事実を知りたいという関心が高まっていて、ドキュメンタリー作家として、僕たちはその関心の高さにも、僕たち自身が何も知らなかったことにも驚いた。みんなが食の未来を心配し、変化を望んでいたんだ。
その一方で、巨大食品企業は映画を潰そうとして訴訟まで準備していた。ところが消費者の関心が予想を超える高さだったせいで、公開を止めさせることができなかったんだ。それで彼らは戦略を変えて、ある種、消費者を騙すような手段をとった。法律の裏をかいたんだ。その結果、彼らの生産システムは強度を増し、商品の売れ行きは伸びてしまった。大企業は、健康的で良い食品を作っていた小さな企業を次々と買収して、買収された企業は良心的な食品を生産しなくなってしまった。消費者は食環境を改善したがっていたのに、企業は改善を止めようとした。こうした動きを目の当たりにしてショックだったよ。
――『フード・インク』のタイトルバックでは米国会議事堂の上に暗雲が立ちこめていましたが、『フード・インク ポスト・コロナ』のタイトルバックはディストピアSFホラーみたいになってますよね。より危機感が増していることを表現したのでしょうか?
本当に色々なことが悪化していると思うよ。それをアートとして示して見せないといけなかった。『フード・インク』が成功したのは、アニメーションを使ってユーモアをプラスできたからだと思う。ユーモアを持つことが大事なんだ。でも今回の『フード・インク ポスト・コロナ』では、ユーモアを入れるのが本当に難しかったよ。何しろ現実がずっとディストピア的になっているからね。
映画作家として面白いところは、撮影を始めたときにはテーマについてほとんど何も知らないけど、撮り終える頃にはエキスパートになっていることなんだ。だから、すでによく知っていることについて続編を作るということには不安もあった。でも、第一作で見てきたトレンドの続きを追うこととも思っていたし、食環境は悪化していた。だからそうだね、質問の答えは「イエス」ということになるね。
富裕層にまで浸透する、超加工食品の現実
――それに、気候危機は15年前よりずっと悪化していますよね。
『フード・インク ポスト・コロナ』で後悔があるとしたら、気候危機についてもっと掘り下げるべきだったことだね。前作では、食の生産環境が気候変動に与える影響を知らなかったからね。アル・ゴアだって『不都合な真実』で工業型農業の気候変動への影響を知らなかった。工業型農業は、間違いなく気候危機の大きな要因だ。だからもうちょっと語ればよかった。僕らは地産地消で地元の農家を助ける方法や、子どもたちにより良い食べ物を与える方法を知る必要があるし、より良い食べ物の見分け方を学ぶ必要がある。
今回新たに取り上げたのが、みんなが食べているスナック菓子などの“超加工食品”だ。アメリカでは国民が食べる食品の約3分の2が超加工食品で、日本も40%ぐらいなんじゃないかな。この消費は伸び続けているけど、それがどれだけ危険なことか、みんなに知ってほしいね。
一方で、“インポッシブル・バーガー”(『フード・インク ポスト・コロナ』に登場する、パルプと酵母で作られたバーガー)のような、肉を使わないオルタナティブな食品が出てきたのは興味深いことだけれど、映画作家としてはやっぱりこうした食品の評価はまだ曖昧だと思う。実際、オルタナティブ食品は環境には何らか寄与すると思う。でも、いいものか悪いものかはまだはっきりわからない。これもかなりチャレンジングなことだった。
――アメリカでの映画公開後、新たな動きがありましたね。新自由主義政策の中で食環境が破綻していく一方で、いわば新自由主義の申し子のような人物が大統領に選ばれてしまいましたが…。
うーん…。本当に…不安な時期なんだ。友だちもみんな「ちょっとひと息つきたい」と思っているくらい、毎日起こることに圧倒されちゃっているんだ。民主主義への脅威が次々押し寄せる中で「ちょっと待ってくれよ」と思いながらも、非道な政策には戦って抵抗し続けなくてはいけない。抵抗するだけじゃなくて、どうやって声を国や世界に届けるかを考えなきゃならない。だって、アメリカで起こっていることは、いずれ他の国にも波及するからね。重要なのは、この流れに抵抗できても、気候への影響はすでに元には戻せないということだ。だからこそ、未来の子どもたちや孫世代にがっかりされないように、今できることを全力でやらなきゃならない。民主主義への脅威には力を合わせて立ち向かえるし、うまくいけば近い将来には良い方向に向かうかもしれないと思っているよ。
――超加工食品について、日本でも所得が低い人ほどインスタント食品などで食事を済ませ、高血圧になるというデータが発表されてるんです。結局、問題は富の一極集中にあるのではないでしょうか。新自由主義経済自体に限界があると思うのですが、監督はどのようにお考えですか?
第一作では、収入の少ない人々がまともな食品を買えず、糖質、脂質、塩分しかほとんど入ってない超加工食品を食べていた。ところが今回驚いたのは、お金のある人たちも同じような不健康な食品を食べているってことだよ。
マイケル・ポーランとエリック・シュローサーが、ドナルド・トランプとイーロン・マスクとロバート・ケネディ・Jr.が飛行機の中で一緒にマクドナルドを食べている写真を送ってきてくれたんだよ。つまり、この問題は“野菜が買えない人たち”だけのものじゃなくなっているんだ。
アメリカでは若者たちが本当に時間に追われている。日本でも、家に帰って料理する時間は少なくなっているんじゃないかな。実際、地球史上、これほど高カロリーな食品をこれほど低価格で生産できた時代はないよ。でも、その背景には健康、労働者、アニマルウェルフェア、気候、民主主義まで犠牲にしてきた現実があるんだ。低価格の食品の裏にある“搾取の構造”に、ようやくみんな気づき始めていると思う。
――富裕層の人々まで超加工食品をわざわざ選ぶとは驚きです。
僕も驚いたよ。第一作では、これは所得格差によるものだと思っていた。収入が少ないから時間がなく、加工食品を選ぶ。
でもいまは、富裕層の人々でさえ、時間もアテンション・スパンもないんだ。日本はアメリカより食文化の伝統があると思うけれど、アメリカは世界中にものすごい影響を及ぼしていると思う。そして、食品業界が超加工食品を売り込むターゲットとして、今後さらに日本のような国を狙ってくるだろう。
日本はすでにたとえばイタリアのような国よりも多くの加工食品を消費しているんだ。日本でどれほど超加工食品が食べられているかを知って本当に驚いた。一見、健康的な食事に見えるのに、超加工食品だったりするんだ。でも、こうした食品がどれほど脳に影響するか、本作でわかってもらえたと思う。僕たちはこうした食品に中毒しつつある。糖分、塩分、脂質だけの働きではなく、脳のメカニズムでそうなってしまうんだ。
――2008年と2024年で最も大きく変わったのはSNSだと思うのですが、ネットは当初、個人が発信できる新たな希望のツールだと言われていました。しかし今やSNSはポピュリズムを盛り上げるだけになってしまっています。この点について監督はどのようにお考えですか? というのも日本でもSNSの悪用がひどくて、超加工食品の批判をするとそれを潰そうとする投稿が後を絶たないんです。
第一作を作ったとき、食品業界がやってることを知って本当に驚いたんだ。消費者も世界中の人たちも、食に対する関心がものすごく高かった。だからこそ、食品業界のやり方はショッキングだったし、その衝撃は政界にも影響を与えたと思う。政界の中にも健康的な食生活に興味を持っている人がいて、右派・左派を問わず、食は大きなトピックになっていた。
でも、今はすべてが両極化してしまった。僕が『フード・インク』の次に撮った映画は、気候変動否定派をテーマにした『世界を欺く商人たち』(配信で視聴可能)という作品なんだけど、その頃から世界は分裂しかけていた。そしていま、ジャーナリズムの声をかき消そうとするために企業が人を送りこんでいることに僕らは気づいている。彼らは僕らの声を止めるためならどんな手でも使う。訴訟や汚いトリックで僕らを妨害しようとしてくる。2008年に彼らは人々が食に関心があることに気づいて後退した。でも、いまは抵抗する人たちが減っているように感じる。以前よりもこの状況が不安に思えるよ。
未来の食のために、何ができるか
――さらに15年後、2039年の未来はどのようになっていると思いますか? そして、どのような食環境が想像されますか?
うーん、『フード・インク ポスト・コロナ』では、ポジティブな話題も紹介しているよ。たとえば、サン・パウロでは地産地消が進んでいて、近郊で採れたものを学校給食に使ったりしている。南アメリカでは糖分、塩分、脂質が多い食品にラベルをつけたりしている。その取り組みがどれだけ効果的か知って驚いたよ。公正な食システムがあってそれを守る人たちがいることだけが希望だね。でも、家畜に対する過酷な状況をどう改善するかという、根本的な問題については、まだ答えが出せていない。いま地球上には他の全鳥類を合わせた以上の数のチキンがいる。僕たちを養うためだけのチキンだよ。地球上のものはすべて人間のものだという考えは、本当に傲慢で、僕たちは自然とのつながりをどんどん失っている。でも、少なくとも今残っている自然を大事にしながら、安全な食環境を作る努力をしないといけない。
それにしても面白い質問だね。『ソイレント・グリーン』(食料が貴重になった近未来、人間の死体を加工した食品を政府が配給するディストピアSF)みたいに、お互いを食い合うような世界にならないことを祈るよ。
――国連のSDGsの目標達成が当初の2030年から2040年、さらに2050年とどんどん後ろ倒しになっていますよね。これについてはどうお考えですか?
僕が子どもの頃、アメリカで寿司を食べるなんてまったく考えられないことだった。生の魚を食べるなんてショッキングなことだった。でも今ではアメリカでも寿司は当たり前のものになった。つまり、大きな変化を早く起こすことは可能なんだ。
大昔は文字を読める人も少なかった時代だってあった。でも今では、ほとんどの人が読めるようになった。だから、同じように肉の消費量を減らすことも本当に可能だと思うよ。
ただ“インポッシブル・バーガー”が解決策だとは思わない。マイケル・ポーランが「何を食べればいいか?」と聞かれたときに彼は「何を気にするかによる」と答えた。
つまり、アニマルウェルフェアが気になるなら“インポッシブル・バーガー”も一つの選択肢だ。でも、自分の健康を気にするなら“インポッシブル・バーガー”を食べるべきではないかもしれないってね。マイケルは、「野菜を多めに食べよう、食べ過ぎない程度に」って、これは僕が噛み砕いて言ったんだけど、そういうようなことを言っていたよ。僕も完璧じゃなくて、まだまだ頑張ってるところなんだけど(笑)。肉をたくさん食べなくても、肉の味が少しあれば満足できるはずだよ。『フード・インク』を観たら、観る前と同じように肉は食べられない。あんなに酷いことをしていると知ったら。
それに労働者のことだって家畜みたいに扱っていたよね。日本でも移民が働いているんじゃないのかな。ほとんどの国でそうなんだ。日本は数で言えば少ないと思うけれども。質問させてもらいたいんだけど、君の国で、国外から来た人が何%くらい農家で働いているか興味があるんだ。
――そうですね。数は分かりませんが、日本でも外国人研修生制度の悪用が問題になりました。
彼らはどこから来ているの?
――いまは東南アジアが多いと思います。中国が豊かになる前は中国から来る人も多かったはずです。
アメリカではトランプが移民を減らすと言っているけど、興味深いね。アメリカでは移民なしでは農業は成り立たない。農園で働く90%以上の人が移民なんだよ。だけど(トランプが公約通りに動いたら)何が起こるかわからない。彼らには市民権がない。こういうことが世界中で起こっていて、(『フード・インク』の)家畜処理場で見たような家畜みたいな扱われ方をしている。彼らのような労働者のためにも注視しているんだ。
――では、最後の質問です。私自身、食料の90%くらいを産直と生協で買っているんですが、結局自衛しかできていなくて、システムの大きな変化に寄与していると感じられないんです。ほかにどんなことができるでしょうか。この映画を積極的に紹介するほかに?
本当にあちこちでファーマーズマーケットを見かけるようになったし、人々も農業を気にかけていると思う。それに、よりよいものを食べたい、新鮮な食べ物がほしいという人々のニーズは確かにあると思う。スーパーでもより良い食品を置くようになったけれど、アメリカには2、3社しか(食品会社が)なくて競争がほとんど行われていない。食品業界が合併・統合して巨大化しているけれど、消費者はファーマーズマーケットに行くことを本当に楽しんでいると思う。超加工食品の危険性に気づいたときには面白いことになるんじゃないかと考えていたんだ。だから、新たな世代の人たちに期待している。
僕はロサンゼルスに住んでいるから、質のいいマーケットへのアクセスがあるけれど、アメリカでは年間を通して地産のいい食べ物を手に入れられない場所も多い。それでも人々はより良い食べ物を得ようとするはずだし、今後はもっと注意深くなると思う。市場では悪いことと同じくらいいいことも起きていて、まだ希望はあるってことかな。
『フード・インク ポスト・コロナ』
『フード・インク』で工業的農業の数々の問題点を明るみに出した監督たち。作品も成功し、食の安全は日本を含む世界中で大きな話題になったが、コロナ禍により食環境の問題が浮き彫りになり、15年後に本作が誕生することとなった。本作では工業的農業問題のほか、超加工食品が人体に与える危険も明らかに。ゼロカロリー飲料を飲んでいるのに痩せないと思っている人はもちろん、いま健康な人も、ワクチンだと思って見ておくべき重要作だ。
監督:ロバート・ケナー、メリッサ・ロブレド 出演:マイケル・ポーラン、エリック・シュローサー(2023/アメリカ/94分)配給:アンプラグド
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- Film Writer
遠藤 京子 / Kyoko Endo
東京都出身。映画ライター。『EYESCREAM』『RiCE』に寄稿、ガールフイナムにてGIRLS' CINEMA CLUBを連載中
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