クラッシュカレーの旅
第4回 色とりどりの花火を上げる香り玉/長野・石臼・叩き旅
春は桜、夏は花火、秋は紅葉、冬は初詣。
風物詩というものはいいもんだ。厄介なのは、どれも人が押し寄せること。「ゆっくり楽しみたい」という思いの前に、「ゆっくりはしてられない」という現実が立ちはだかる。
そこで、少し前から僕は、時期をずらす作戦に出ている。
キッカケは葉桜がきれいだな、、と思ったこと。満開の時期を過ぎると花びらが散るように人々も去っていく。遅れてきた風物詩を満喫できるのだ。
秋の紅葉は落葉を楽しめばいいし、初詣も正月をすっかり過ぎてから寺を散歩すればいい。うまく行かないのは花火だけである。花火大会の翌日に静まりかえった夜空を眺めても、東京じゃ星すら見つけにくい。
夏の終わりに長野のキャンプ場へ行った。去年、夜空に飛び交う流れ星を眺めたのが忘れられず、今年もワークショップを開催することにしたのだ。
何をワークするかを説明する必要はないだろう。クラッシュカレーである。30人ほどが集まって、青空の元、石臼を叩きまくる。事前に僕が3種類のペースト(香り玉)を作っておき、レクチャーした。どんな材料をどのくらい選んで叩くかによってできあがる香り玉の風味が変わる。大事なポイントは色味も変えられるという点だ。
たとえばレッドチリを入れれば赤くなるし、ターメリックを入れたら黄色になる。ハーブ類を加えれば緑色になる。赤色、黄色、緑色。信号機のごとく3種の香り玉をみんなに見せ、「何をどう選ぶのかはグループで考えて決めてください」と投げかけた。
【黄の香り玉の材料】
・レモングラス
・カー
・にんにく
・小玉ねぎ
・コリアンダーシード
・クミンシード
・ホワイトペッパー
・カレー粉
・ターメリック
【緑の香り玉の材料】
・レモングラス
・カー
・にんにく
・小玉ねぎ
・コリアンダーシード
・クミンシード
・ホワイトペッパー
・タイバジル
【赤の香り玉の材料】
・レモングラス
・カー
・にんにく
・小玉ねぎ
・コリアンダーシード
・クミンシード
・ホワイトペッパー
・レッドチリ
4グループに分かれ、4種の香り玉を作った。僕の3種と合わせると7種。並べてみると、見事に色味が違う。にわかにその場が盛り上がった。誰かがいいアイデアを思いつく。ラップを持ち出して、香り玉を包み、きれいな球体に丸め始めたのだ。
自然の植物由来の玉が人工的な透明シートに包まれて、つるっとしてきらりと輝いている。それは僕も見たことのない姿だった。
感激のため息を漏らしていると、他の誰かがテーブルの上に並べ始めた。丸型の器をひっくり返し、その周囲に7種の香り玉をぐるりと回す。器を取り除くと、白いテーブルの上に花火が咲いた。いみじくも時期をずらした風物詩を楽しむことになったのだ。
盆踊りでも始まるんですか?というほどはしゃいで遅れてきた夏祭りを楽しんだ僕らは、少々我に返ってカレー作りを始めた。そうだ、香り玉は完成形ではない。あくまでカレーを作るための途中段階なのである。
僕は、3種の香り玉で3種のカレーを作った。中でもチャレンジングな1品は、赤の香り玉を使ったもの。BBQで焼いた肉の塊を一部拝借し、隠し味に味噌を加えて仕上げた。炭火のスモーキーな香りが食後の余韻を引っ張ってくれる斬新な味わいに。ココナッツミルクを使わずしてもおいしいクラッシュカレーができることも実感できた。
他のグループのテーブルを見て回る。各々の鍋に食べたい具を入れ、よきタイミングで香り玉が入る。木べらを使ってほぐすように混ぜ合わせると、玉は鍋中全体に広がり、景色を変えていった。それを見ながら、ハッとした。
そうか、香り玉は花火玉だったんだ、と。鍋中は夜空で作り手は花火師で、食べ手は観客で。そうそう、クラッシュカレーのクラッシュは、花火が弾けるクラッシュで……。もういい。もういいですな、はい。
でき上がった7種のクラッシュカレーを集合させた。こちらもやはり色とりどりのスターマインである。二度目の歓声が上がった。
花火はクラッシュした直後に花開く。
クラッシュカレーはクラッシュしてしばらく間があって、花が咲き、それからまたしばらくあってもう一度花開くのだ。クラッシュカレーに情緒が滲むことを知った長野の叩き旅であった。
- AIR SPICE CEO
水野 仁輔 / Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年にカレーに特化した出張料理集団「東京カリ~番長」を立ち上げて以来、カレー専門の出張料理人として活動。カレーに関する著書は40冊以上。全国各地でライブクッキングを行い、世界各国へ取材旅へ出かけている。カレーの世界にプレーヤーを増やす「カレーの学校」を運営中。2016年春に本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を開始。 http://www.airspice.jp/