岡山・倉敷の風土、魅力を再発見する場所

旅の目的地となる料理宿[撚る屋]へ。


RiCE.pressRiCE.press  / Jan 10, 2025

休みが近づく度にこんなことを思う。

“どこか旅に出たい。せっかくならば背伸びしていい宿に泊まりたい、でも海外資本の影が見え隠れするラグジュアリーホテルに泊まりたい訳でもない。むしろ普段生活しているなかで惹かれる、店主の美意識を感じるレストランやバー、コーヒーショップのような心地よさと味がありつつ、その土地らしさを感じられて、上質な時間を提供してくれる宿泊施設があったなら…”

求めすぎだろうか、いやでもこんな感覚のRiCE.press読者は少なくないのではないか。どんぴしゃな宿を見つけたので紹介させてほしい。岡山県倉敷は美観地区にある料理宿[撚る屋よるや]である。あたらしい年を迎え今年はどこへ行こうかと思索を巡らせている全ての人へ、2025年のウイッシュリストへ加えることを強烈に推したい。

倉敷美観地区のある建物に、再びあかりがともった。このうつくしい軒灯を目印に訪れたい。[撚る屋]だが、もともとは明治期に呉服屋の別邸として建てられた築110年ほどの伝統的建造物だった。

[撚る屋]の開発責任者を務めたのは、琵琶湖畔にある[福田屋]や、広島県瀬戸田の[Azumi Setoda]など、その土地に適した姿かたちの宿運営を行う「Naru Developments」所属の上沼佑也さん。RiCE.pressの連載「シティライツ・レストラン」では、彼がその土地らしさを感じた食体験についてのコラムを寄せてくれているので、知っているという人も少なくないはず。

構想から約4年、ついに実を結び昨年11月に開業を迎えたタイミングで[撚る屋]を訪ね、上沼さんに倉敷という街、そして宿を案内してもらった。

上沼佑也(うえぬま ゆうや)
1995年生まれ、埼玉県出身。明治大学とカリフォルニア州立大学へ通い、卒業後はコンサルティングファームに就職。その後、Insitu(現Staple)に入社し、ホテルや飲食店、Coffeeブランドの立ち上げなどを経験したのち、Naru Developmentsに転籍。[撚る屋]では開発責任者を務める。

まずは[撚る屋]がある倉敷という街について、基本的なところからおさらいしたい。「倉敷美観地区」と聞いてまず思い浮かべるのは白壁の伝統的な建物の町並みである。ゆえに“歴史を重ねたクラシックな街”だと思っていたが、あっさり覆された。

「街の歴史は決して長くないんです。今から約400年前に倉敷という街は未だなく、瀬戸内海の一部でした。というのも江戸時代の干拓事業によってできた陸地が、倉敷という街になったんですね。もともと海なので土壌の塩分も濃く、植物が育ちにくい。そこで塩気にも強い綿やイ草などの栽培が奨励されました。ちょうど時代は繊維産業が伸びていくタイミング。原料を生産できて加工できる場所もあるということで、街が発展していきました。倉敷は日本初の西洋美術館である「大原美術館」があり、東京・駒場の「日本民藝館」に次ぐ民藝館として「倉敷民藝館」が開館した場所でもある。アートやカルチャーにも造詣が深い、リベラルで前衛的な場所だったんですよ」

低層の建物が連なる倉敷美観地区内、メインストリートからはすこしだけ距離のある場所に位置している[撚る屋]。観光地的な側面が強い区域もあれど、民藝店や古書店など、店主独自の審美眼がきいた店舗が数多く存在。散策しているだけで楽しい。もちろん魅力的な飲食店もたくさんある。

ここ[撚る屋]の建物も、もともとは呉服屋さんの別邸として使われていたというから、正しくこの街の歴史を背負っている。当時はさぞハイカラな場所だったのだろう。当時から使われている梁などをみると、刻んできた時間の長さと重厚感に、その片鱗を感じることができる。昔から受け継ぐ部分は真摯に受け継ぎながら建物をリノベーションし、令和の時代に適した料理宿としてうまれかわったのだ。

倉敷の家屋の多くは船大工によって手掛けられていたとも言われている。人命をあずかる仕事だけに、技術力はかなり高度。確かに現在も残存しているパーツひとつひとつには、時を超えてきた物質としての強さが宿っている。これらを活かしつつ内装デザインへと落とし込んだのは、「現代における日本の文化創造」というコンセプトを掲げ、建築、インテリア、 プロダクト、グラフィック等多岐に渡るデザイン活動を行う「SIMPLICITY」チーム。建築設計は、伝統建築の改修設計を多く手掛けてきた「今井健雄建築設計事務所」。

部屋の名称も機械的に番号が振られているわけではない。倉敷や宿のコンセプトに通じるものが部屋名になっている。こちらの部屋は「お箸」。それぞれオリジナルのグラフィックが与えられ、部屋の入り口には美しい木彫りのサインで宿泊客を迎える。

うつくしい設えに早速うっとりしてしまったが、空間を凌駕する素晴らしい食体験が待ち構えているようだ。いざ、メインダイニングへ。

食を通してこの街の風土を感じられる、“料理宿”というありかた。

撚る屋を訪問するにあたり不思議に思っていたのは“料理宿”というアイデンティティだ。なんとなく耳馴染みがあるようで、新しいこの言葉。料理長を務める新見文男さんに「そもそも料理宿ってどういうことですか?」と直球で質問をぶつけてみた。

「いわゆるふつうの旅館だとお部屋でお食事を召し上がることが多いと思うのですが、撚る屋はひろびろとしたカウンター があり、ここで食事を楽しんでいただく。ここがまず大きな違いだと思います」

「旅館に宿泊した場合、他の宿泊客や地元の人とそこで言葉を交わすことってほとんどないはずです。でもこういうカウンターならば、別グループの宿泊者どうしが話し出すかもしれない。それに宿泊者でなくても料理は召し上がっていただけるので、旅行客と地元の人で会話がうまれるかもしれない。そこで『あのお店がおすすめだよ』とローカルの情報を交換したりするのも面白いですよね」

新見文男(にいみ ふみお)
大阪出身。16歳から飲食の世界へ。大阪や兵庫、淡路島、奈良、祇園…など関西圏のホテルや旅館、街場の飲食店などでキャリアを積み、[撚る屋]では料理長を務める。

静謐な雰囲気ながらもダイナミックなカウンターは、目の前で料理人が完成させていくライブ感や臨場感を存分に味わえる。そこで提供される料理はというと、岡山の食材を中心に、新見シェフのバックグラウンドである和食で季節を表現したものだ。ある日のコースを例にご紹介していこう。

塩一粒に宿る、プロフェッショナリズム。

まずはこちらの3品、形も高さも異なるが、ぽってりとした可愛らしい造形の高台に、海のもの(魚)、山のもの(野菜)、地のもの(肉)をひとつずつ盛り付けるスタイルで、岡山の風土と恵をあらわしている。

左から「海老クワイ」(海のもの)。クワイをすりおろしたものとエビのすり身をあわせ、衣をつけて揚げた。サクサクとした食感のなかに強い旨味が。中央はパプリカと玉ねぎを刻んでミキサーにかけたら鶏がらスープを加え、塩で引き締めたポタージュ(山のもの)。いちばん右の最中は、あんこではなく鶏ミンチとパプリカをペースト状にしたものをサンド(地のもの)。高台は備前焼作家の木村肇氏によるもの。

瀬戸内海が近く魚も豊富なだけに、魚料理はどれも絶品だ。とはいえ素材の良さに寄りかかるのではない。一見シンプルにみえるお造りにさえ、新見シェフの技巧が冴え渡っている。

鮮度抜群の魚をそのまま提供するのではない。魚の種類に合わせて熟成させる期間を見極め、旨味を引き出すのだ。寝かせた鯛には、なめらかな食感でコクのある味わいが特徴の新見キャビア(名前が一緒なのは偶然)をのせて。これに醤油につけてと思ったら、「是非塩で召し上がってみてください」と新見さん。

この塩が圧倒的だった。まず単体で舐めてみると粒子自体が非常に細かい。ごつごつとした角がなく、舌のうえですっと溶ける。なんとふくよかで、まるみがあるのか。一体どこの塩かと訊けば、「塩も自家製で作っています」、何も特別なことはしていませんよ、という飄々とした表情ながら言う。

実際に塩作りの様子も見せてもらった。
食塩と調味料をあわせたものに加水して海水のような状態になったら、一気に煮詰めて水分を飛ばす。口にした時とは正反対な、ゴツゴツとした塩の結晶が出来上がる。大きなすり鉢へ入れて、勢いよく砕いていく。

サイズがある程度小さくなったらふるいにかけて、残った大きい粒子はまた砕いて…。この作業を繰り返すことで完成するのが“特製塩”だ。

「単なる塩分ではないんです。この塩が加わることで、料理に“味わい”が足されるイメージ。お造りに限らず天ぷらなど、ダイレクトに塩分を感じられるものではこの塩を使います。(新見さん)」

特製の塩をアテに、日本酒などのお酒を飲む者もいるらしいが、確かにとびきり良さそうである。

新見さんだが、塩以外にもポン酢や醤油などさまざまな調味料を自家製で作っている。
一口舐めさせてもらったポン酢は、その優しい口当たりに“そのまま飲めるな”と感じたくらい。「(一般的なポン酢は)少しの量でも、料理全体がポン酢味になっちゃうから好みじゃないんです。塩分は控えめに、柑橘の香りがしっかり感じられるように仕上げています」理想とする味わいに着地すべく、調味料から仕込む。ここに料理人としての矜持をみた。

とはいえ正当な日本食だけでなく、遊び心ある料理も繰り出される。ピンク色の肉の断面が美しいこちらは、デミカツ丼(岡山最強のローカルフードにして岡山県民心の味。サクサクのカツ丼の上に中濃ソースではなく、たっぷり濃厚なデミグラスソース!)から着想を得た一品。

牛は食パンを巻いて揚げている。どんぶり一杯掻き込むように食べられるソウルフードが、コース料理にふさわしい一口サイズへ転生。角煮の出汁をベースにしたソースをたっぷり絡めていただく。

こうした料理も差し込まれつつ、コースの中では新見さんが寿司を握ってくれる場面もあるとか。空間や料理は一見すると静謐な雰囲気だが、意識はゲストをしっかりエンターテインする方向に向けられている。腰掛けていれば120点の体験が待ち受けているカウンター、こうした体験は部屋に籠っているだけじゃ味わえない。

 「一般的な旅館だと、四季で献立が変わるのですが、街場の料理屋さんのように毎月変えていこうと思っています。理想は72回(四季を24等分した二十四節気をさらに約5日ごとの3つの期間に分けた時間の区切り、72候に準えて)なんですけれど…」職人然としたクールな表情を、この時だけは少し崩して新見さんは言った。

今日のデザートは黒胡麻プリン。ふくよかな胡麻の香りや凝縮感が、つるつるとした極上の食感ですっと口の中を流れる。上にかかった黒蜜も自家製だ。基本中の基本だが、デザートまで美味しくいただくためコースの前にはお腹をきちんと空かせておきたい。余力があれば2軒目3軒目、倉敷市内の飲食店をハシゴするためにも。

店内は夜の照明だとダイニングはこんなイメージ。お酒はなんでもござれだが、岡山のワイナリー[ドメーヌ・テッタ]とあわせたり。日本酒など他のお酒も地元のものが多い。まさにその土地を丸ごと味わうような食体験がここにはある。

メインダイニングに隣接する部屋はバーになっている。ここで一杯やるのもいい。お酒はワイン中心で、ナチュラルからクラシックまで射程広めなセレクト。あたたかみのある木材を基調とした空間には、酒器や茶器が整然と調和。「BARは宿泊客でなくても一杯から楽しんでもらえる場所です。宿泊は倉敷の外からくる人が多いと思うので、この街の人に宿の世界観を感じてもらえる場所がBAR。ですからここにも既製品ではなく倉敷のテクスチャーや撚る屋らしさを感じられるものを置いています(上沼さん)」

宿泊したら朝ごはんも必ず楽しんでほしい。「料理宿」の言葉に偽りなし、これまた圧巻のラインアップ。岡山の甘みのある醤油とあわせる胡麻豆腐、蒸し鶏、ママカリの南蛮漬け、サワラの西京焼き、ポテトサラダ、ビフカツのお出汁でとった角煮、お酢ものなど盛りだくさん! こちらを炊き立てのお米とともに。普段朝ごはんなんて食べないのに、旅館に宿泊すると不思議とペロリといけてしまうというのは定説であること差し置いても、驚くほどごはんが進むこと請け合い。決して塩気が強いわけではない、むしろ11品針の穴を通すような繊細な調味なのにもかかわらず。寝ぼけた身体にエネルギーが漲る。

宿泊と料理が一緒の体験として楽しめる場所に “オーベルジュ”があるが、どこか料理が主で、宿泊はそれを補完する要素、という感が否めないだろう。他方[撚る屋]は客室も料理もそれぞれ真剣勝負、細部までプライドが込められていることがビシビシと伝わってきた。これは食好き、かつ生活文化を愛するものにはたまらない。

取材の最後、[撚る屋]の名前の由来を上沼さんに教えてもらった。

「開業にあたりお世話になった職人さんや作家さんも近くに住んでいますし、倉敷には手仕事が息づいているので、“手へん”の漢字を使いたいなということ。そして「撚る」という言葉ですが、綿やイ草の栽培から始まった倉敷という街の風土を表現したく、“糸を撚る”という言葉から文字をもらいました。また、料理を作るときにで、“腕によりをかける”というじゃないですか。この“より”って“撚り”と書くんですよ。この場所の風土や性格と我々のこれからの歩みに親和性がとても深い文字だと感じ、この名前を付けました。それに倉敷って400年の歴史のなかで、いろんな人たちが訪れて、街を作って変化させてきたんです。自分たちもそこに撚りあわさっていきたい。そんな気持ちを込めています」

倉敷の歴史という縦の糸に、あらたに編まれることになった[撚る屋]という横の糸。この場所を基点にこれからの2030年、いやもっと長くますます強く、魅力的な街が紡がれていく気がした。そんな瞬間にこうして立ち会えることを、きっと幸せと呼ぶのだろう。RiCE.press読者にもぜひ体感していただきたい。

ここでは宿の食事をメインにご紹介したが、宿のディテールもこだわりが詰め込まれまくっている。公式HPJOURNALに詳しいので、興味がある方は宿泊予約を兼ねつつ一読してほしい。

撚る屋|YORUYA
岡山県倉敷市東町2-7(Google map
yoruya-kurashiki.com
IG @yoruya_kurashiki

写真 力武拓也(Photo by Takuya Rikitake)IG:@t_riki
文 成田峻平(Text by Shunpei Narita

 

 

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