
クラッシュカレーの旅
第8回 ああ、ウソも方便、ズルは簡便/熊本・石臼・叩き旅
どういうわけか「水野はウソつきだ」と言われることがある。腑に落ちない気がする一方で、特に否定する気も起きない。仲のいい人たちからばかりだから、親しみを込めてそう言ってくれるのだろうと解釈している。が、この際、この場を借りてハッキリ言わせていただくとしよう。
僕の言うことで、僕の書くことで、僕の発信することで、本当のことなんてひとつもないのだよ。
ああ、すっきり。開き直ったところで、熊本への旅をふりかえってみようと思う。奇異なイベントに呼ばれ、ずいぶん久しぶりにこの地を踏んだ。12年前から毎週欠かさず更新しているポッドキャストラジオ番組『M響アワー』の公開収録を貸し切り列車で行おうという内容。ラジオ番組は僕が東京カリ~番長リーダーと一緒に「カレーと関係ない無駄話」をし続けるというものだ。なんともウソのようで本当の話である。
奇異で特異なこのイベントに30名以上の参加者が集まってくれるという。ウソだろ!? 列車に乗る前にカレーをライブクッキングして振る舞うことになっている。リクエストは、クラッシュカレーだった。いつものように僕は主催者に石臼の手配をお願いした。
ライブクッキングなのだから、食材は現地で調達すればいい。ただ問題がふたつある。
ひとつ目。30人分のクラッシュカレーを石臼で叩くには、明らかに時間が足りない。
ふたつ目。30人分のクラッシュカレーを石臼で叩くには、明らかに石臼が足りない。
会場に入り、鬼の形相で石臼を叩き続けた結果、なんとか香り玉(ペースト)は完成したものの列車には乗り遅れた。……なんてことになっては本末転倒である。そこで、僕はちょっとしたズルをすることに決めた。
東京で香り玉の大半を仕込んでおくのである。しかも石臼ではなく電動ミキサーで。クラッシュカレーへの冒涜と言ってもいいかもしれない。
ブラウン社のミキサーは頼もしいほど活躍してくれた。ミキサーの刃がスムーズに仕事をしてくれるよう、適量の水を加えることも忘れなかった。結果、赤唐辛子やレモングラス、カー、にんにくなどのアイテムがあっという間にピューレ状になったのである。ああ、なんと簡便なことだろう。ただ、香りをチェックすると、さすがに石臼で叩いたのにはかなわない。
そこで、残りの30%程度は、ズルをせず、石臼で叩く。水を加える必要もなく、香り高いペーストができあがる。ああ、そう、この香り(だったら全部叩けよ)!
運搬のため、ピューレ状の香り玉は鍋で煮詰め、水分を飛ばしてペースト状にアレンジして透明袋に詰め込んだ。現場で叩くための材料は別途準備。
かくして当日を迎え、僕は意気揚々と石臼を取り出し、参加者の前で叩き始めた。途中みんなにも交代してもらう。自分で叩くという体験は得がたい上に、叩いたそばから得も言われぬ香りが生まれるのだ。順当にその場は盛り上がった。ひとしきり叩いたところで、僕は事前に仕込んだペーストを取り出した。さすがに「東京で石臼を叩いてきたんだ」なんてウソはつけなかった。
叩いたペーストとミキサーをまわしたペーストを混ぜ合わせると、巨大な30人分の香り玉ができあがった。ここからがお楽しみの時間である。
僕はおもむろに巨大な香り玉をゴムベラの上に乗せ、プルプルする手を慎重に動かしながら、空っぽになった石臼の中に落とし込んだ。そのままゴムベラで表面をペタペタと撫でまわし、きれいな球体をこしらえる。ああ、と小さく歓声が上がった。石臼を芝生の上に移動させると、みんなが一斉に写真を撮り始めた。奇異で特異でエキセントリックな光景である。
石臼で叩いた香り玉が石臼に入りきらず山盛りになるはずがない。ウソみたいな香り玉を鍋に投入し、クラッシュカレーを作った。香り玉さえできてしまえば、いとも簡単に仕上げられるのがこのカレーのいい点だ。
今回、ズルしたクラッシュカレークッキングを終え、調理面で気が付いたことがひとつある。香り玉の素材をミキサーで回してペーストにするとき、事前に少しだけでも石臼で叩きつぶしておくと香りが強まりやすいということだ。しかも、この方法を取れば、「石臼を使ったんですよ」と説明することもできるだろう。僕はウソをついているつもりはないが、ウソだと思う人もいるかもね。
まあ、できあがったクラッシュカレーがおいしいのだからいいとしようじゃないか。ウソをついたりズルをしたりしても、笑顔になってくれる人がいることだけは確認できた熊本叩き旅であった。
- AIR SPICE CEO
水野 仁輔 / Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年にカレーに特化した出張料理集団「東京カリ~番長」を立ち上げて以来、カレー専門の出張料理人として活動。カレーに関する著書は40冊以上。全国各地でライブクッキングを行い、世界各国へ取材旅へ出かけている。カレーの世界にプレーヤーを増やす「カレーの学校」を運営中。2016年春に本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を開始。 http://www.airspice.jp/