365日、ジュウニブン ベーカリーの杉窪さんが考える
【潤いのレシピ】 水が決めてのパン・レッスン(特別編第1回)
有名シェフの素材への向き合い方を聞きながら、日々の食から暮らしに潤いを与えるようなレシピを朝・昼・晩と三食ご提案いただく連載企画【潤いのレシピ】。今回は「特別編」として、杉窪章匡さんによる「水が決めてのパン・レッスン」です。
杉窪さんはパティシエから職人としてのキャリアをスタートし、その後ブーランジェに転向。2000年に渡仏し、星付きのレストランで修業して02年に帰国してからはパティスリーでの経験を積んでいきます。[デュヌ・ラルテ]など人気ブーランジェリーやパティスリーでのシェフ経験を経て、2013年代々木公園に[365日]を開業。「こんなパン屋は初めて」とパン好きから圧倒的な支持を得ています。
杉窪さんのパンの特徴は国産小麦。パンに合わせるベーコンや惣菜も全て手作り。おいしいだけでなく、安心・安全な食材というのも特徴だ。その食材の一つで「とても大切」と話すのが、水。
三軒茶屋駅からほど近い場所にある[ジュウニブン ベーカリー]は5店舗目の直営店として2020年にオープン。店内に入ると小麦の豊かな香りの中に、多様なパン、ケーキ、焼き菓子がぎっしりと並べられていて、一角では花の販売も。2階のロースタリーカフェ[二足歩行 coffee roasters]では、スペシャルティコーヒーかつナチュラル処理のコーヒーのみを扱い、杉窪さん自らコーヒーの焙煎を行っています。
驚くのはパンの種類の多さ! ハード系パンから菓子パン、惣菜パンまでがずらりと並ぶ景色は圧巻です。どうしてこれだけの種類のパンを作ったのですか?
「世界で一番パンの種類が多いのは間違いなく日本ですよね。なぜなら日本って、パンもご飯も麺も食べる食文化だからなんです」と、杉窪さん。
「パンはいろんなシーンで食べられるけれど、毎食食べるものでもない。ある意味、食べるシーンは限られています。シチュエーションとしても、日常の夜ご飯と一緒にバゲットを食べるというのはあまり想像できないですよね。ハンバーグ、シチューにあうパンは、実はバゲットではない。お惣菜パンのようにおかずと一体化したパンもある。そうした多種多様な日本の食卓を考えると、こうしてバリエーションが豊かになるんです」
100%=ソンプルサン(写真左)
365日の看板商品。黄色い小麦で香りの強い「キタノカオリ」を使用。粉の持つ乳製品のような甘みを生かすために、加水率は100%。ほかグレープシードオイル、塩、砂糖が入る。サンドウィッチはもちろん、日本の食卓に毎日合うパンとして考案。細い部分のクランキーな食感や太めのふんわり感など、食感の多彩さで一人で1個ペロリと食べられる。
365日×バゲット(写真右)
ゆめあかり、きたのかおりブレンド、TYPE100を使用。日本の小麦はもちもちする特徴がありますが、ゆめあかりはサクッとした歯切れ。加水率は94%。ローズソルト(岩塩)を使い、味わいのグラデーションを出している。
風船パン
「ジュウニブンベーカリー」の名物。高加水生地の食パン(ジュウニブン食パン)生地で有塩バターを包んで焼き上げた。食事パンの位置付けではあるものの、単体で食べてもおいしい。軽く温めて卵料理と合わせると相性抜群。加水率は120%。
ヨルパン
ニシノカオリ(全粒粉)、ミナミノカオリ(全粒粉)、ぼくらの小麦を使用。加水率108%。小麦の味を味わうパン。酸味は控えめで、穀物のうまみと甘味を引き出している。「世界のレストランに出しても引けを取らないパンだと思います」と杉窪さん。
そして杉窪さんのパンを語る上で欠かせないキーワードが「高加水」(*水分量の多いパンをつくる意)。なぜ、水を多く含む生地を作るのでしょうか?
「そうですね…。多くの人たちに理解してもらうためには、“味”や“香り”よりも“食感”が最も伝わりやすいということがあります。味や香りは個人差があり、難しいですね。全員が同じ感想を持つわけではありません。でも食感はわかる。もちもちしているのか、ふわふわしているのか。みんなわかります。つまり“食感”はマスに広がる。その時に高加水によって生まれるしっとり、もちもち感はマスに広がると思いました。日本のおかずとの相性もいい」
そして高加水になればなるほど、粉と同じくらい水の選択が重要になると言います。
「加水率が100%を超える、つまり小麦粉と同量かそれ以上の水を入れるのですから、小麦や酵母と同じくらい『どんな水を使うか』は大事です。フランスでパン修業をされた方はよく、硬度を気にされますね。でも僕が見ているのは硬度ではありません。ありとあらゆる水を試して、理屈を勉強してこの結論に行き着きました」と杉窪さん。
「説明するより、見ていただくのが早いでしょう。今回は厨房に浄水器を2種類取り付けました。ここにクリンスイさんの2種類のフィルターを付けて実験してみましょう」
試作するのは、加水率120%(粉よりも水の分量が多い!)の「ジュウニブン食パン」。この時点で、取材班は「違いが出なかったらどうしよう」と密かに案じていたことを白状します…。
ジュウニブン食パン
はるきらり、春よ恋、TYPE100を使用。湯種に「はるゆたか」。加水率は驚きの120%。
ところがなんと、生地を練っている段階から明らかな違いが! 「理屈はわかっていましたが、同時に作りわけたのは初めて」と杉窪さんも破顔。第2回、第3回の前後編でお伝えします。どうぞお楽しみに!
杉窪章匡
1972年石川県出身。[365日][15°C] オーナーシェフ。辻調理師専門学校卒業後、パティシエとしてキャリアを積んだのち、パン職人に。2000年に渡仏、[ジャマン] や[ペトロシアン]などで修業し、2002年に帰国。複数のパティスリーやベーカリーでシェフを務めた後、ウルトラキッチン㈱を設立。
名古屋、福岡、神奈川にプロデュース店を手がけ、東京・代々木公園に自身の店[365日][15°C]をオープン。著書に『「365 日」の 考えるパン』(世界文化社)など。CREDIT
Photography by Norio Kidera
Text by Reiko Kakimoto
Edit by Shunpei NaritaSupported by 三菱ケミカル・クリンスイ株式会社
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