一期一会
#28「yesterday’s dream「涙が混ざるご飯の味」
年を重ねると避けられないものも増えてくる。人生の様々な側面をそういう体験をしながら、また一つ成長していくものだと思えるようになってから、随分と心がぶれなくなってきたと思っている。ベーシストとしての足腰も強くなっている気がしている。
実はこの前、家族の手術に立ち会った。大丈夫とわかっていながらも気持ちは苦しくなる。同然だし、そんなもんだろ。って話なんだけど。。。
でも、そんなに単純じゃないのが人間です、やっぱり。(手術は成功していますのでご心配なく)
8年前母が癌を患った。母の場合はもう手遅れなくらい癌が進行していた。わかっていながらの手術。色んなことを考えさせられた。
母の手術に立ち会ったのは、家族で僕だけだった。手術後、身体中が疲れて何も手がつかなくなった。あまりに疲れてお腹も減って、気持ちもすり減って、何も考えず足が向かったのは、30年以上家族で通っている地元の焼肉屋さん、牛鉄だった。行かなくなっていたのに、気付けばここに来ていた。そう言う時ってやっぱりつながるんだけど、普段お店に立っていないオーナーがたまたまお店にいて、僕のことを小さな時から知っていることもあり、久々にお話をして、母のことや思い出話を話していたら、なんか涙が止まらなくなった。生きた心地しなかったんだろう、きっと。ご飯が運ばれてきて、食べ慣れている味を一口食べた瞬間、ご飯が本当に美味しかった。身体中に染み渡って、「生きるってこういうことか」なんて勝手に感じながら、泣きながらご飯を貪っていた。生きるために今日も食べたよって。
そして、この前もそうだった。母の一件から心も成長して、手術に至る過程も違うし、あれ?手術室って自分で歩いていくの?とか、「手術前に話すことありますか?」ってナースの方に言われても、「いや、特に笑」と返すくらい余裕も安心感もあった。でも、ハグして見送って、扉が閉まった瞬間は心がグッと締め付けられた。背中が遠く見えた。立ち合いやお見舞いのルールもこの数年一気に変わっているようだった。それに従っていくうちに、時間は過ぎていった。母の時よりは落ち着いて対応できた。空いた時間も今回は仕事をしながら待つことにした。余計なことを考えたくなかったからだ。
手術が終わるとすぐに会えて、麻酔が切れてないから今度はベッドで運ばれていたけど、話はできる。顔を見たらいろんな感情が一気に溢れ出した。必死に堪えるために「お疲れさんっ」としか言えなかった。あんだけ表現の仕事を命かけてし続けているくせに、その一言だけかよって、心の中で自分にボヤいていた。
一通り手続きを済ませて、病院の中にあるレストランでご飯を食べることにした。なんか無性に食べたくなったのだ。
きちんとしたレストランがやっている系列店なんだけど、そこで食べたビーフシチューがとにかく美味しかった。一気に体の力が抜けて、涙と混ざって忘れられない味になった。
また今日も生きるために食べたよって。
病院を出る頃にはまた自分で自分の状況を取り扱えるようになって、きちんと歩けている。
うん、大丈夫。またやろう。
- Bassist
濱田 織人 / Orito Hamada
ベーシスト、音楽プロデューサー、クリエイティブディレクター、NPO法人SOMA副代表理事、アトリエリスタ、茶道家。芸術修士(MFA)。スタジオミュージシャンとして演奏活動しながら、作編曲、作詞、プロデュースと幅広く活動。2017年クリエーティブブティック創業後、活動範囲を音楽以外にも拡大し、芸術教育などにも力を入れ始め、NPO運営にも携わる。日本唯一のベースの専門誌ベース・マガジンにて連載経験あり。プライベートでは、裏千家茶道家として初音庵主宰。密かに楽しんでいたサウナの魅力をゆるやかに発信中。サウナ・スパプロフェッショナル。 https://www.instagram.com/oritosroom/
- TAGS