おいしい裏話
「素朴な味」(RiCE No.35に寄せて)
私の地元でいちばん有名なのは、谷中ぎんざの商店街の中にあるお肉屋さんのメンチカツとコロッケである。もちろんそこのメンチやコロッケも、私でさえも目まいがするほどたくさんいただいた。子ども時代を彩る味である。かなりおいしい。
それなのに、なぜか私にとってふるさとの味は、千駄木にある「肉のオオタニ」のコロッケなのだ。本文に出てくる、父が懐かしがって食べた味。素朴で、特になんていうこともないのに、おいしいのだ。
お店に行けば揚げたてを作ってくれるけれど、冷めてもおいしい。
最近も買って食べた。オオタニさんの代がわりのせいではなくて、やっぱり子どもの頃、動き回ってものすごくお腹が減っている状態で揚げたてにありついたときの気持ちとは違う。ただただ空腹にしみる味だったのだ。当時たった六十円だったのを覚えている。
ミートショップ オオタニ
03-3828-0930
東京都文京区千駄木5-5-3
https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131106/13248207/
1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞し小説家デビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、95年『アムリタ』で紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞、2022年8月『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、海外での受賞も多数。近著に『下町サイキック』がある。