クラッシュカレーの旅

第1回 石臼を叩いてみれば、新型カレーの香りがする。


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Sep 10, 2024

なんとかの持ち腐れという表現を自分の所有物に当てはめてみたら、真っ先に頭に浮かぶものがあった。「石臼」である。どういうわけか僕はあの石でできた杵と臼という重たい物体を2セットも持っていた。ずいぶん昔から。

ひとつはロンドンの洒落た調理道具屋で買ったことを覚えているが、もうひとつとの出会いは思い出せない。なぜ買ったのか、何かに使ったのか、記憶が定かではないのだ。

ところがここにきて僕は思い出したように巨大なスパイス棚の扉を開き、さらにその中にある小さな扉を開き、石臼に声をかけたのだ。「そろそろ出番だよ」。「いやいや、お前が1020年と俺のことをほったらかしにしてきたくせに!」とかの道具からツッコミが入ったはずだが、僕は聞こえていないふりをした。

持ち腐れていたはずの石臼は、長い時を経て寸分も腐ることも朽ちることもなく、手に入れたままの状態でじっとしていてくれたのである。

石臼でスパイスや食材を叩きつぶすと想像を超えた香りが生まれる。爽やかで胸の奥までスッと届くような香り。「やっと会えたね」。その香りはまるで自分を待っていてくれたかのようだった。僕はいつのまにか石臼を使ったカレークッキングに夢中になった。

そして、「クラッシュカレー」と名前をつけることにしたのだ。

クラッシュカレーをどうやって作るのか、というと、とにかく石臼でスパイスをペーストにして、それを具や水分、ココナッツミルクなどと煮込む。それだけのこと。ペーストは場合によって炒めたり煎ったりするのだけれど、油は使わない。これが香りの素となる。ではおいしさの素はといえば、発酵調味料とフルーツがメイン。

というわけで、オーソドックスな手順を以下に。

基本のクラッシュカレー

【ペーストの材料】
・赤唐辛子(水で戻す)
・レモングラス(輪切り)
・カー(タイのしょうが、スライス)
・にんにく
・ペッパー

【作り方】
1. ペーストの材料を石臼でペーストにする。

2. 鍋にココナッツミルクを入れてグツグツと沸かし、ペーストを加えて炒め煮する。

3. 挽肉と夏野菜を加えて炒め、水とココナッツミルクを加え、塩こうじとマーマレードを加えて煮る。

石臼を叩くところだけ頑張れば、あとは難なくできる。叩いているときはいい香りが出続けるから苦にならない。そんなカレーが、クラッシュカレーである。

さて、僕は目下、このカレーに夢中になっていて、海外を旅すれば市場で石臼を探している。

ちなみに今回の石臼は、今年のはじめにタイのアンシラーという町の工房を訪ねて手に入れたもの。タイでは最高級品と言われる石臼(クロック・ヒン)で、36000円(!)もした。だから、というわけではないが、フォルムが美しく、ついボーっと見とれてしまう自分がいる。元が取れるまで使い倒さねばならない。

石臼に魅せられるあまり、石そのものに興味が生まれ、石についての本を物色し始めた。熱は当分冷めないことだろう。

これから先、重たい石臼を携え、全国各地で「カン! カン! カン!」と叩きまくってやろうか、と企んでいる。そんな僕の少々前のめりな「叩き旅」をお届けしていきたい。

TAGS

WHAT TO READ NEXT

RiCE編集部からお便りをお送りしています。

  • 最新号・次号のお知らせ
  • 取材の様子
  • ウェブのおすすめ記事
  • イベント情報

などなど……RiCEの今をお伝えするお手紙のようなニュースレターを月一回配信中。ご登録は以下のページからアドレスとお名前をご入力ください。

ニュースレターの登録はコチラ
PARIYA CHEESE STAND Minimal Bean to Bar Chocolate
BALMUDA The Kitchen
会員限定の最新情報をいち早くお届け詳しく