豊かさってなんだ? 令和のベルリンフードライフ

006 自分家の芝も、意外と青い。足元にある食の楽しみを見つめて。


Masayuki DoiMasayuki Doi  / Apr 6, 2025

夫婦での移住が前提だったこともあり、ビザの取りやすさで選んだベルリン。移住当初はドイツワインとチーズ以外の食文化や、現地での日本酒や焼酎の仕事についても特段の期待を抱いてはいなかった。生魚を名残惜しく思い、出国前に寿司をこれでもかと食べていたことが懐かしい。

到着してしばらくは、旅行気分で欧州の豊かなワイン文化を存分に楽しんだ。毎日新しいワインショップに行って、帰りにチーズやオリーブなどを買って。特に、アパートを借りていたPrenzlauer Berg地区には各国のワインを扱うショップが集まっていたので、ドイツにとどまらず、いろんな国のワインを楽しむことができた。

日に日に増えていくワインの空瓶たち

しかし、自炊となると勝手が違った。

日本で野菜ポトフを作っていたイメージで煮込み始めると、香りは良いのにイマイチ味が出なかった。逆に、料理を作った時に残った端っこ野菜でブイヨンをつくると、まろやかで香り高いものが出来上がったり。他にも、ベルリンで買えるペッパー系の野菜は味がギュッと詰まっているけど、茄子は味がしなかったり。きゅうりはやたら大きいけど、意外に味は近しい、とか。

水や土壌が違えば味も変わる、当たり前のことを新鮮な衝撃と共に体感した。

煮込めど煮込めど味が出なかったポトフ。ドイツのお肉を入れたらなんとも美味しくなった

ベルリン生活でのお気に入りの日常食といえば、マチェス(塩漬けニシン)やクヌーデル(じゃがいも団子のようなもの)など。地味だけれども、なんだか味わい深いものが多かった。あまり期待していなかった野菜も、色の濃い見た目通りの濃い味わいのものが多く、グリルにするととても美味しかったり。

日本食やアジアのスパイス感が恋しくなった時は、ベルリンの日常食にちょっとアジアのアクセントを足しさえすれば、懐かしい気持ちになることだってできる。外食は高いので頻繁には通えないけど、時々日本人の料理人のお店に行っていた。他にも、個性的な麹づくりに勤しむアメリカ人の友達に美味しいお味噌を分けてもらったり。ベルリンでしか味わえない日本の食文化の楽しみ方があって、それはそれで楽しい。

欧州らしい素材で作る様々な味噌。山形で麹づくりの修行もしたほどの麹マニアのMax

ベルリンに滞在していた間、近隣諸国にもたびたび足を伸ばした。アルカションで生牡蠣を堪能し、南チェコのズノイモで小麦香るパンに出会い、ローマ郊外で本場のカチョエペぺに胃もたれし、ダブリンでアイリッシュブレックファストにほっとし、アルザスでドイツとフランスが融合した食文化に触れた。できる限り地元の人が集まる場所を訪れ、その土地に当たり前にある美味しさを体感することを心がけていた。

海の味。水のように軽い白ワインで口をリフレッシュすれば、幾つでも食べられる

チェコでは美味しいパンにたくさん出会った。見た目も素敵

とにかく重たいが美味しい。チーズのボディーと胡椒のアクセント

豆の煮込みとブラッディプディング。見た目よりずっと優しい味わい

いかにもドイツっぽいが、ソースの繊細さにフランスを感じるアルザスのシュペッツレ

国内外でローカルな食に出会う旅を経験していたことや、20代、30代それぞれでカナダとドイツという“隣の芝”での食生活を経験したことで、自分の中に「食の豊かさとは何か?」を問い直す視点が芽生えたように思う。

食文化がないところに人は暮らせないだろうし、その食文化がずっと残っている理由がきっとある。分かりやすくはないかもしれないが、ちゃんとした食の豊かさがきっと。

隣の芝は青いが、あくまでそれは離れたところにあるからそう感じるのであって、豊かなフードライフのヒントは意外に自分の足元に転がっているような気がする。

鉢植えのハーブと空瓶が並びがちな自宅のキッチン

ベルリンを中心に欧州のフードライフを存分に楽しんでいた私だが、2025年は再び日本で生活することになった。移り住むことになったのは予想もしなかった街、新潟は長岡。かつて日本酒蔵で一緒に働いていたメンバーが、長岡で酒造りを新しく始めることになり、立ち上げメンバーとして呼んでもらったのだ。

少なくとも数年はいるつもりだった念願の欧州生活に区切りをつけて、また新しい土地で生活を始めることになった。

予想もしていなかった麹を育てる毎日

雪降る長岡で始まった酒造り。

住み慣れない土地で、朝早くから始まる蔵仕事の日々。環境や生活が変わると、自然と食の楽しみも変わっていく。目の前に広がる風景が違えば、飲みたいお酒もまた違ってくる。

今年は特に雪が多く、常に雪に囲まれていた葵酒造。奇跡的に晴れた1日

ワインとチーズに囲まれたベルリンの暮らしが恋しくないといえば嘘になる。けれど今は、この国に当たり前に存在してきた日本酒が持つ豊かさを、新しく住むことになった新潟・長岡という土地の食文化とともに、もう一度、しっかりと掘り下げていこうと思う。

自分家の芝も、意外と青い。
そんな心持ちで。

 

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