AC HOUSE 黒田敦喜シェフが「ザ シングルトン」と追求する
ウイスキーペアリングのまだ見ぬ可能性
「料理と楽しむシングルモルト」こそ
ペアリングの新潮流です。
今回スコットランドでつくられているシングルモルトウイスキー「ザ
シングルトンダフタウン12年」と料理のペアリングを考案してもらった。黒田敦喜 1990年、大阪府生まれ。国内屈指のイタリアンレストラン[ポンテベッキオ]で経験を積んだのち、渡伊。本場イタリアでの経験を経て新北欧料理と出会い、北欧へと拠点を移す。ノルウェー・オスロにて、当時の三つ星レストラン[Maaemo]でスーシェフとして腕を振るう。帰国後、日本橋兜町のホテル「K5」内のレストラン[caveman]オープンに際してヘッドシェフを務める。2022年に西麻布に[AC HOUSE]をオープン、ライブ感溢れるカウンターキッチンであらゆる食文化を掛け合わせた料理を創造し、一躍人気店に。東京のフードカルチャーの代表的な店だ。
イタリアや北欧で経験を積み、現在もポルトガルやスリランカなど国外へと意識的に足を運ぶ黒田さん。旅先での出会いと発見から、ジャンルに捉われないイノベーティブな表現を常に追求している。彼の切れ味鋭い料理にぴたりと寄り添うという「ザ シングルトン」に、一体どんな印象を抱いたのか?
伝統的なウイスキー製法、何世代にも受け継がれるクラフトマンシップ。そしてスペイ川の良質な水で丹念に造られているシングルモルト…。全てが揃い完成する『ザ シングルトン ダフタウン12年』、シングルモルトといえば蒸留地域特有の味わいが特に強く出るものだが、この「ザ シングルトン」は飲みやすい。
「この『ザ シングルトン』は甘みとコクが特徴的でありながら、すごくスムース。だから料理にも合わせやすいんです。ウイスキーと料理の組み合わせだと、バランスのとれたブレンデッドウイスキーなら、というイメージでしたが、シングルモルトでこんなに料理に合うものがあるのかとびっくりしました」
時間をかけてゆっくり蒸留されることで、雑味なく軽やかに仕上がる『ザ シングルトン』。一杯のストレートと一杯のスープから、新機軸のペアリングの扉が開かれた。
一品目は甘味が濃いうすいえんどうを使った、温かいスープから。白いクリームとともに口に運ぶと、なんと炭の香りが広がる。熱々の備長炭をクリームに潜らせ、香りのみを抽出。視覚では捉えられないスモーキーな香りと、ローストしたそばの実の香ばしさが、「ザ シングルトン」が持つナッツ香と重なりマッチする。
隠れた存在感を放つのは、甘エビ。45度という低温で20分、ゆっくり火入れすることで生まれるむちむちな新食感が面白く、たまらない。
二品目はホタルイカと山菜のタルト。イカ墨を練り込んだサクサクのブリゼ生地を手でつまみ、口に放り込む。それに合わせるのはハイボールだ。
「フレッシュな甘みと香りを感じてもらえるよう、通常のハイボールよりも濃い目に作っています」とは、[AC HOUSE]のドリンクを担う水口隼輔さん。
確かに甘みと香りはしっかり感じるも、濃い目だと言われなければわからないほどスッキリとした味わいに驚く。まさに優しい口当たりの『ザ シングルトン』だからなせる技。こごみ・行者にんにく・うるいなどの山菜の苦味とハイボールの爽やかな甘みが合わさり、春の到来を告げられる。
ホタルイカは牛脂で低温調理することで、ミルキーな味わいに。和辛子、白味噌、バター、魚醤を合わせた深い味わいのソースが、全体をまろやかに包み込み、一体感をもたらしている。
メインはラム肉のロースト。ザシングルトン・白味噌・ニンニク生姜を合わせたソースを塗りながら炭火で焼かれたラム肉は、臭みなく、香り深い。ウイスキーを料理に用いるという発想も斬新だ。「上質なみりんのような甘さが印象的だったので、料理に合わせるだけでなく、料理自体にも使えると思って」と黒田シェフ。
カスリメティ(スパイスの一種)のソースをつけて食べると、スパイシーな香りが加わり、さらに表情が変わる! 添えられたブリオッシュにも、ウイスキーが使われている。焼き上がった生地にウイスキーを塗り、さらに油で揚げることで、ジュワッと芳醇な甘い香りが口いっぱいに広がる。
ここに合わせるのは、ウイスキーを使ったカクテル。「『ザ シングルトン』はフルーティーかつリッチな香りが特徴的なので、カクテルにしても香りが残り続けるんです」と、水口さん。フレッシュなスペアミント、ライム、フェンネルシードで構成されたカクテルは、まるでモヒートだ。
ウイスキーの香りが引き出されながらも清涼感ある爽やかな飲み口は、重厚感のあるメインとは対照的で、そのバランスがクセになる。
続いて[AC HOUSE]の締めの定番、パスタ。春らしくブロッコリーを使ったシンプルなパスタには、アンチョビ、ニンニク、ペコリーノの風味を。そして別皿には、バターの姿が。ホイップしたバターに、カルダモン。新感覚の「追いバター」を加えると、コクとともにカルダモンの香りが追いかけてくる。バターはホイップされているため軽やかに食べ進められ、締めにも関わらず食欲がそそられてしまう。
ペアリングのラストは、デザート。ふきのとうのアイスの下には、チョコレートとウイスキーを混ぜたクリーム。ビスキュイの生地にもウイスキーが入っており、お皿の中だけでもウイスキーと食材のペアリングが堪能できる。
冷たいアイスを口に入れたら、温かいカクテルを。シナモン、トンカ豆、八角など数種のスパイスとブラッドオレンジで作ったシロップに、ウイスキーと和紅茶を注いだものだ。ウイスキーと紅茶の甘みは相乗効果をもたらし、甘みがまろやかに深くなる。
「紅茶が強すぎるとウイスキーがいなくなってしまうので、浅煎りで抽出時間も短めに。紅茶の油分が溶け出すことで、飲み口もさらに優しくなります」と、水口さん。アイスの冷たさの後の温かさ、ふきのとうの苦味の後の優しい甘みに、ととのうような、気持ちいい余韻が長く続く。
まさに新しい発想のウイスキーペアリング。うまれた思考プロセスを尋ねると、「考えていたら出てこないかな」と黒田さんは答える。
「新しく何かを作るのは大変ですが、キッチンに立っているだけでは思い浮かびません。料理と一旦離れて、音楽を聴いたり本を読んだりプールに入ったり、リラックスしているときに思いつくことが多いんです」
思いついたらキッチンに戻り、ただシンプルに表現するという黒田さん。ドリンクの水口さんも「料理との相性から考えるのではなく、まずは自分がやりたいことを表現しています。そこから料理と合わせて、微調整を繰り返すんです」という。
まるでジャズのセッションのように料理とドリンクを合わせ、試行錯誤を重ねるのが二人のスタイル。だからこそ、「このワインはこの料理に」「この日本酒はこの食材に」というような“合う”ペアリングの定型から飛び出す、未知の組み合わせにたどり着ける。
「試行錯誤に時間がかかることもあるのですが、今回は迷いなくベストなペアリングが出来上がりました。甘くてコクのある『ザ シングルトン』には、まだまだ可能性を感じます」
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