サブカル酒 Sub-Cul-Shu

001「シオンさんの出す酒ってサブカルですよね」


Shion KakizakiShion Kakizaki  / Nov 27, 2024

「二十歳になって初めて飲んだビールが『パンクIPA』なんです~」と、大学生とおぼしき女子が言っていた。そばで赤星を飲んでるおじさんたちが固まっていた。

「わたし、ナチュールワインネイティブなんですぅ」と言っている若者を見たことがある。あぁ、ナチュールワインね…。

「最近のワイン好きはナチュールばっかでボルドーのグランヴァンとか飲まないからワインのことちゃんと知らないよね」という年配のワイン好きのSNS投稿を見かけた。マウントお疲れ様です。

「やっぱり日本人なら日本酒でしょ、クラフトサケも本醸造も大好き!日本酒を世界へ!」という、多様性ナショナルグローバリストも何人か知っている。いったいそれはどういうイデオロギーなんだ…。

彼らと仲良く飲めるかどうかは別として、心の中でツッコミを入れつつもとりあえずみんなお酒が大好きなのはわかる。だから彼らの言葉は最終的には開高健の名言「よろし、よろし、なんでもよろし、飲めればよろし、うまければよろし」に収れんする。そして個々の主張はぶつかりも交わりもせずアルコールに溶けていく。

僕はあらゆる酒が好きだ。酒は酩酊作用のある一種の毒物で、それが古来、人と人をつなぎ、人と自然をつなぎ、人と神をつなぎ、世界をつなぎ、社会を壊し、また維持し、歴史を作り、文化を作り、お金や病気を生み出してきた。酒を、人間活動のダイナミズムを理解するためのメディアの一つとしてとらえ、それについて考えをめぐらすことは、誰かと飲んで話すことと同様、とても楽しい。現代のグローバル社会においては、消費も嗜好も多様化し、複雑化し、細分化している。酒というジャンルも例外ではない。その状況を「みんなちがってみんないいよね」と軽々しくまとめてしまうことは、酔って頭が回らないときはいいとしても、その昔、文化人類学の端っこにいた身としては物足りない。先の開高健の酒博愛論はもう半世紀以上前の話だ。できれば知的好奇心をもって、その先に話を進めたい。

アルジュン・アパデュライという文化人類学者がいる。彼は、ポストモダンのグローバルな文化を構成するのは5つのランドスケープ『エスノスケープ(民族の地形)』『メディアスケープ(メディアの地形)』『テクノスケープ(技術の地形)』『ファイナンススケープ(資本の地形)』『イデオスケープ(観念の地形)』―であるという。僕はつねづね、現在の酒シーンを的確にとらえるには、既存の「中心周辺モデル」や「消費者生産者モデル」は役に立たないと感じてきたが、アパデュライのこのフレームワークはとても使い勝手がいい。彼の言う「ランドスケープ」というのは、僕がかねてから様々な酒について語る際に持ち出す「風土」という概念のほぼ同じものだからだ。現代における風土は、自然条件だけでは説明できない。 

…みたいなことを、暇すぎるバータイム営業中に店で考えていたら、オーストラリアでフレンチシェフをしているアニオタで、10年来の友人のY君がドアを開けて入ってきた(彼はうちに滞在している)。とりあえず飲み物をくださいというので、彼の大好きなシャルトリューズのエリキシル・ヴェジェタルをストレートで出す。ぐっと飲み干すと、彼がおもむろに口を開いた。

「でもシオンさん、あれですよね。シオンさんの出す酒ってサブカルですよね。なんならDRCもサブカルですもんね」

…! それだ! それですよ!(うちでDRCは出せないが)サモトラで出てくる酒は確かにサブカルだわ…。てか、いま僕がつらつら考えていたことを一言でまとめましたねあなた?

アパデュライの5つのランドスケープ=風土が、個々にユニークなバランスで内包された「風土の酒」。それはグローバル市場の中で分散し、サブカル化する(サブカルという言葉そのものもここ30年ほどでサブカル化した)。開高健は釣り人として僕の子供時代の憧れだったが、僕は彼と違って、酒ならなんでもよろしいわけではない。だが場合によっては飲めない酒でもよろし、なんならうまくなくてもよろし。ただ酒に表現された風土を面白がりたいだけだ。だいたい酒のような嗜好品の『うまさ』というものは、後天的で理性的な感覚のこと。

かくしてY君の慧眼により、酒の新しいカテゴリが爆誕した。サモトラで出す酒は今後、『サブカル酒』の文脈に意識的に置かれることになるだろう。カテゴリができたことで、これまであまり上手に言語化できなかった「酒を掘ること」の醍醐味についても、言葉や文章で伝えられるかもしれない。

タイミングよく『サブカル酒』について書く場所をいただいた。読んで飲んだ気になったり、なんとなく酔っぱらってみたりしていただけたらうれしい。たぶん、もうアパデュライは出てこないです。乞うご期待。

Top Photo by Shohei Hayashi
Series Editor: Yoshiki Tatezaki

 

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