サブカル酒 Sub-Cul-Shu

002「赤天狗とジャパニーズウィスキー」


Shion KakizakiShion Kakizaki  / Feb 18, 2025

さて、サブカル酒連載の実質初回である。どんな酒を紹介すべきか…。古き良き白物蒸留酒の佳品か、それともナウな感じのクラフト系醸造酒か。

考えていたらスマホにメッセージ通知が。
「弊社一発目のウィスキーができたので送りました!」

送り主は茅ヶ崎の熊澤酒造の蔵人S氏。おお。いつの間にウィスキーを手掛けてらしたんかと思っているうちにブツが届いたの早すぎる。とにかくいつもわたしを思い出して作品を送ってくださるS氏には感謝しかない。ではこのウィスキー「赤天狗」を取り上げてみましょうかね。

押しの強い天狗ラベルの透明なボトルには、大変美味しそうな色合いのウィスキーが詰めてあった。早速開封してノージンググラスに注ぐ。

ノーズはいきなり濃厚な濃色エールの香り。え、ビール…?からの、たまり醤油のようなアミノカルボニル反応系の重ための香りがベーコン、レーズン、カカオと続き、バニリンよりもハニーやシダーを強く感じる。あれ、アルコール54度のわりにエステルが香らない…?

だがしかし、口に含むと体温でエステルが揮発してハイプルーフであることを理解する。それとともに拡がるニューポットぽい青りんごや洋ナシのエステル。リグニンの収れん効果やレトロネーザルで感じるスモークとあいまって、烏梅うばいのようなオリエンタルなドライストーンフルーツのフレーバー。そこに若干のカンファーとフレッシュなアルコール分子による味蕾へのアタックが連なるアフターは、梅酒の梅の天神さんの味を想起させる。

つまりこれは、市場トレンド後追い系のジャパニーズウィスキーではないです。日本酒もビールもジンも造れる蔵元が、ビールからモルト繋がりで造った蒸留酒だ。

昨今のジャパニーズウィスキーに対する世界的な高評価の源流は、特級表記時代の1970年代後半から2000年代前半の「冬の時代」に、ジャパニーズウィスキーの造り手たちが愚直に技を磨いて業界を活性化しようとしたことにあると考えている。2000年代の「山崎ハイボール」以降、ジャパニーズウィスキーは急速に地球市民権を得てプレミアム化していくわけだが、その成功の要因はこの「技術力」にあることは間違いない(ハイボールは営業サイドのマーケティング施策であったとしても)。

ただその技術力は、お手本のウィスキーから、さらによいものを造るという流れであった。つまり馬から自転車やオートバイを、馬車から自動車を作りだしたのではなく、オートバイからよりよいオートバイを作り、自動車からよりよい自動車を作ったのだ。まさに日本のモノづくりの面目躍如。ただ、分かりやすく美味しい「だけ」の酒精が大量に生まれたのも事実だ。まあ、日々の酒としてはそれで何の問題もないのだが。

翻って先の[熊澤酒造]のウィスキーに戻る。先述のように、このウィスキーの味わいは全くマーケットオリエンテッドではない。正直、トレンドとはかなり大きな逸脱がある。それでもなお、この酒精は、わたしのサブカル心をとらえて離さない。人気のウィスキートレンドを踏まえてよりよいウィスキーを造る、というよりも「モルトで白物蒸留酒を造って樽に詰めたらこうなりました」という潔さがある。そして大事なことだが、ベースアルコールのボトムの低さと球体感にもオリジナリティが認められる(香気成分の似ているバーボンとの差異という意味でこれは重要な点と考える)。他者と違うことにむしろ自信を持っているようにも感じられ、控えめに言って、とても良い酒精だと思う。少なくとも、輸入ウィスキーに樽熟成の泡盛をブレンドしてライスウィスキーとか宣っている南方の褐色蒸留酒よりもはるかに(笑)。

思いついてお湯割りにしてみた。烏梅的なストーンフルーツ感がほどけ、適度なオリエンタルスパイスの要素とホップのようなさわやかなカンファーが香る。そしてアルコールがひたすら甘さを増し、そしてラミーチョコレートを想起させるオイリー、ハニー&カカオなフィニッシュ。はあ、とてもオリジナルでとてもいいです。暑くなったらミントジュレップにもしてみたい。

現代の日本で心底面白い酒が生まれない理由は、自然条件や伝統のくびきや法制度などではないと考えている。理由はただ一つ、「プロダクトじゃない酒を造らないから」だ。「プロダクトじゃない酒」については今後の連載で掘り下げていくつもりだが、ごく分かりやすく言えば、ロマノ・レヴィのグラッパ的な酒のことだ。あのスタンスのあのやりかたをあらゆる酒類に見出して面白がることが、さしあたり私たちサブカル酒界隈が目指す酒との向き合い方である。

その意味で、このウィスキーはとてもいい線をいっていると思う。

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