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今日も明日も家族三代、ぶれない焼酎造り
絆が“つなぐ”寿福酒造場
米焼酎といえば、熊本。とりわけ球磨川が流れる人吉球磨地域は、熊本県でも有数の米どころだ。そんなここ熊本最南部の地で、明治23年の創業以来、100年以上にわたって焼酎を造り続ける[寿福酒造場]。炊きたてのお米のようにほっとする、唯一無二の球磨焼酎を造るひとたちを訪れた。
創業100年超えの歴史を感じる蔵の外観。真向かいには蔵を見守るように神社が建つ
「豚汁食べんばん!」
到着するやいなや飛んでくる快活な球磨弁。豚汁?ばん?と思いながら入っていくと、囲炉裏の上で大鍋の豚汁からホカホカと湯気が立っていた。おたまを握っているのは[寿福酒造場]のレジェンド・絹子さん。寿福さんに来たらまずこのソファー席に腰をおろして、囲炉裏を囲みながらおしゃべりするのが定番のようだ。現杜氏で息子の良太さん、昨年から蔵に入った莉子さんもやってきて全員集合。豚汁はみんなの昼食で、ハードな仕込みの時期には絹子さんがつくるこのご飯(通称・寿福飯)が欠かせない。さっそくお椀に盛ってご相伴にあずかる。美味……!「柚子胡椒ば入れたか?」 と何度も聞いてくれる絹子さん。寒さ厳しい1月の人吉。芯まで冷えた身体の隅々に、豚汁とチーム寿福の温かさが染みわたる。ああこれは、会いに来たくなる酒蔵さんだなぁ。
絹子さんがつくる昼ごはんは寿福の活力源。特製の具沢山豚汁は炊き立てのご飯を入れるとさらに美味!
25歳のときに歴史ある[寿福酒造場]の四代目として蔵を継いだ絹子さんは、女手一つで二男一女を育てながら焼酎を造ってきた超肝っ玉母ちゃん。現在は息子の良太さんが五代目になり、しかと寿福の魂を受け継ぐ。「TikTokには興味なかです」とはにかむ二十歳の莉子さんは、絹子さんの孫であり良太さんの姪。幼い頃から蔵に出入りするうちに自然と憧れを抱き、蔵に入った期待の新人だ。
昨年二十歳になった莉子さんは最近生ビールをおいしいと感じるようになったらしい
銘柄は米麹×米で仕込む米焼酎の「武者返し」と、米不足の時に誕生した麦麹×麦の麦焼酎「寿福絹子」のみ。そしてなにがあっても揺るがないのが、“常圧一筋”の四文字だ。常圧蒸留という昔ながらの手法を貫き、時代に流されない、自分たちが信じる味の焼酎をつくる。それが寿福の誇りであり、最強のアイデンティティだ。「母ちゃんは一番きつい時に蔵を守り抜いてくれた。一時期、香りが優しくて飲みやすい減圧蒸留に切り替える蔵が増えて、うちの焼酎が全く売れない時期があって。もう蔵が潰れかけるくらい。常圧蒸留は見向きもされず、しかも女性が杜氏なんてと言われた時代。母ちゃんたちが造ってきた焼酎で俺は大きくなったから、さらにおいしくしていくのが恩返しだと思うんです」と良太さんは話す。
甕で長期熟成する「武者返し」は通称・黒武者返しとして数量限定で瓶詰めされる
暖かい暖炉裏の間と打って変わってキンと冷えた仕込み蔵。寿福の焼酎造りはアナログの極みで、麹造りからほぼ全てを手で行う。約半年続く仕込みの間、良太さんは蔵のそばの小屋で寝泊まりしながら、24時間体制で麹と醪のお守りをする。
「焼酎を造るのは微生物。俺は彼らの世話をする生き物係なんです。常に清潔にして、寒かったら暖めて。手で造るとかわいくなってくるから、心配で夜中も見に来てしまう」
60年以上使い続ける単式常圧蒸留機。きれいな酒質にするために毎日洗浄を欠かさない
常圧蒸留は一言でいうと、ごまかしの効かない蒸留法。高温で一度に蒸留するので、香りや旨味といった良い成分がしっかり抽出される反面、油脂や雑味を含んだ素材の味もそのまま出る。だから「武者返し」の原料米に使うのは、食べてもおいしい地元産のヒノヒカリ。それも鮮度抜群の新米に限る。表現したいのは、炊きたてのお米を食べた時の香りと甘味。旨味はあるのに後味はスッときれて、毎日飲み続けたくなるような焼酎だ。良太さんの代になって、蒸留機を毎日磨いて焦げを落とすようになったのは、余分な香りが入らないようにするため。また蒸留後には味を確かめながら不要な油分を取り除き、さらに最低2〜3年熟成させる。細かな手仕事の一つ一つが寿福だけの味を造っていく。
「俺は人間の手が介在するところにこそ味があると思うんです。ちょっとしたタイムラグとか、俺の手の常在菌とか、無駄だと省くものの中に蔵の個性が詰まってる。だからこれが俺にできる、一番おいしい焼酎の造り方です」
囲炉裏のソファ席へ戻ると、今度は絹子さんからおにぎりが手渡された。粒がキラキラと輝くそれは、原料米に使っているヒノヒカリで握ったもの。思い切り頬張ると、噛むほどにお米の旨味と甘味が広がり、良太さんが造りたいと言っていた焼酎の味の話を思い出す。これのことか、と心から納得する。
絹子さんの愛情が込められた特製おにぎり
今度は良太さんがガラという球磨焼酎伝統の酒器に「武者返し」を注ぎ、囲炉裏の上にのせた。湯気が出たら熱々のまま氷を入れたグラスに注ぐ。寿福さんいちおしの燗ロックだ。なめらかな舌触りとふくよかな甘味。香りがふわっと鼻を抜けたかと思うと、後味はきれいに去っていく。きめ細かい味わいは丁寧に丁寧につくられた証。お湯割りもおいしいが、燗ロックもいいな。
球磨焼酎伝統の酒器「ガラ」で燗ロックを
「手間暇ばかりかかって蔵は大きくならんけど、それがうちの特徴やもんで。波乱万丈、いいじゃない。一回きりの人生やん。いろんなことを経験して、喜びも倍増するし、人の悲しみもわかるし。普通に暮らせて、年に一度くるくるじゃないお寿司を食べよって、健康でおれば一番幸せ。そがん思わん?」
心から思います、絹子さん。焼酎造りは絹子さんと家族の人生そのもの。今日もこの味が飲めることに、乾杯。
寿福酒造場
熊本県人吉市田町28-2(Google map)
WEB https://www.jufukushuzo.jp/
IG @jufukushuzo_official写真 大塚淑子(Photo by Yoshiko Otsuka)IG @mason5
文 井上麻子(Text by Asako Inoue)IG @achalol本記事はRiCE39号「特集 焼酎のない人生なんて。」の掲載記事を再編集しています。