豊かさってなんだ? 令和のベルリンフードライフ

005 お湯割りだって飲んで欲しい。ベルリンで草の根焼酎プロモーション


Masayuki DoiMasayuki Doi  / Feb 19, 2025

大学生の頃から日本酒が好きで飲み続けてきたのだけど、ここ1〜2年は焼酎の魅力に取り憑かれている。

ベルリンのアルコール文化に焼酎をねじ込みたい、そんな想いで取り組んだベルリンでの草の根活動を振り返ってみることにする。

ワインのように原材料や土地の個性が味わいに現れ、日本酒のように造り手の技量が感じられる焼酎。新しい銘柄を飲むたびに新しい発見があって、ワインも日本酒も好きな私にはなんとも興味深かった。

ワインのような選び方・楽しみ方ができる点でも、ワイン文化圏である欧州の人たちにも興味を持ってもらえるはず。そんな謎の自信を当時持っていたこともあり、ベルリンに移住したら焼酎を広める活動をしたいと考えていた。

「ドイツで焼酎は売れない」

ベルリンに来てすぐ、インポーターや飲食店の人たちに焼酎について話してみた。でも返ってきたのは、「ドイツで焼酎は売れないよ」という答えばかり。認知がない焼酎に注力するより、人気が高まってきている日本酒に注力する方がシンプルではあるのだろう。

何だかやりきれない気持ちになったけど、それならまずは現地の人がどのようなお酒の飲み方をしているかを知ろうと思った。現地で古くから飲まれているアルコール飲料の視点を取り入れたいと思い、働き始めたワインショップ。その場でも飲める角打ちのスタイルで、ベルリンの人たちがどんなふうにお酒を楽しんでいるのか、リアルに感じ取れる場所だった。

働いてはその日の稼ぎでワインを社販する日々

味だけではなく、シーンを楽しむ

どこの国でもそうではあるものの、こちらではお酒が「シーンを楽しむためのツール」として使われる傾向が一層強いように感じた。

当たり前と言えば当たり前なんだが、その日の気候や温度で飲むものは変わる。特に興味深かったのが、夕方になると割高でもカクテルを頼む人が多かったこと。そこが、ワインショップであっても。

みんな大好き、テラスでアペリティフ

アペリティフ(食前酒)の文化がしっかり根付いていて、日本とは少し違うお酒の楽しみ方がここにはあった。こういう感覚にうまく寄り添えば、焼酎も飲んでもらえるようになるかも?ーーそんな考えが頭をよぎった。

いざ日本のお酒を届ける現場に

お料理とワインのラインナップが好きで[Machiko]という日本食ビストロに通っているうちに、オーナーのまちこさんと意気投合して働かせていただけることになった。

ビール、ワイン、日本酒、そして焼酎もまちこさんの感覚と哲学でしっかりとセレクトされているお店で、レモンサワーにも本格焼酎である黒糖焼酎を使う素敵なお店。
(※本格焼酎は、日本酒と同様に麹を使って発酵させた芋・麦・米などの原料を、単式蒸留によって仕上げる、素材の風味を楽しめる焼酎)

一人のサーバーとしてお客様にそのこだわりを伝える過程で、焼酎という文化も届けていきたいと思った。

Machikoさんの黒糖焼酎レモンサワー

現地の飲み方に合わないものは、基本飲まれない

働き始めた当時から日本酒はすでにかなり人気だったが、焼酎はとにかく知名度がなかった。知っていると言ってくれたお客さんも、ほとんどの人が韓国のソジュと勘違いしているような状況。

そもそも、欧米では食事の間に蒸留酒を飲む文化は無いため、メニューに書いているだけではいつ飲めば良いか分からなかったようである。

ワインショップでも経験していたことだが、日本食を食べにきたとしても一杯目にアぺロールやセレクトスピリッツを頼むお客様は多かった。夏場は特に。

「日本食レストランに来てなぜ一杯目にカクテルを頼むのか?」と思ってしまいそうになるが、これが彼らの文化なのであり、焼酎こそが異文化であるのだ。

日本的アペリティフ(食前酒)としての焼酎提案

日本での飲み方を押し付けようとしても先へ進めないことを悟ったので、あれこれ考えず、現地での蒸留酒の楽しみ方であるアペリティフ(食前酒)の習慣に乗っかることにした。

口頭での説明だけだとイメージが湧かないため、一杯目に焼酎をお勧めするためのメニューを別でつくってみた。「とりあえず、日本らしい食前酒を試してみる?」と聞いたら、想像以上にほとんどのお客さんが注文してくれた。その時の会話で焼酎についての質問をしてくれることも多く、注文が届くまでにメニューにまとめた情報を読んでくれて、後から質問をしてくれることも。

“Schorle”はドイツ語で炭酸割りのこと。ワインを炭酸で割ったりもする

どうやら欧州の方、特にドイツの方は情報を摂取するのが好きらしく、文章や図でまとめていると隅々まで読んでくれる。日本酒のテイスティングセミナーをした際も持ち帰れる資料を用意したらすごく喜んでくれた。

当然日本に比べて一本当たりの値段が高くなってしまう分、しっかりと知識やストーリーを届けていくことで少しでも満足して帰っていただければと、プレゼンテーションとハンドアウトはしっかり凝るようにしていた。

こちらでは一本一本のお酒に対して質問が飛び交う

焼酎という飲み物の定着

夏頃から始めた焼酎プロモーション。気づけば、「一杯目に焼酎」という習慣がほんのり定着してきた。

冬には熱燗好きのドイツ人が、お湯割りを一杯目から頼むようなことも。しかも米、麦、芋と原料を変えながら楽しんでくれて、「焼酎ってこんなにバリエーションがあるんだ」と気づいてくれる瞬間が増えた。

飲まれるようになって初めて、バリエーションに意味が出る。焼酎への興味が高まってきたころ、[Machiko]の定休日に間借りをしてポップアップバーを開いてみた。

意外にも、日本人から「焼酎ってこんなに美味しかったんだ!」と言われることが多く、その後友達に紹介してくれる人もしばしば。

晴れた日はテラスで、米焼酎の水出し緑茶割りを

大きなムーブメントにはならないかもしれない。でも、こうした草の根の活動を続けていく中で、小さな気づきを積み重ねることが、焼酎文化を育てる大切なステップなんだと思った。

いつかベルリナー達が焼酎を楽しむ時代に

焼酎は今、少しずつベルリンで飲めるお酒になりつつある。でも、文化として根付くまでにはもう少し時間がかかりそうだ。

それでも、ベルリンにおける「食の豊かさ」は、その多様性にもあるような気がする。さまざまな国の料理やお酒が集まり、自由に楽しめるこの街だからこそ、焼酎もきっと馴染んでいく。

晴れた日のテラスでベルリナーたちが焼酎ソーダを片手に笑い合う姿を思い描きながら、今日もお湯割りを飲む。そして、焼酎という新しいアルコール文化がベルリンのフードライフをより豊かにしてくれる日が来たら嬉しいな、と思う。

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