
お茶の次のスタンダード?「茶酒」が気になる。
「茶を蒸留する」発想から始まった、台湾発の新しい酒 [S.C Lab]
2025年RiCE 1月号「台湾の食べ方」の旅でちょっと気の利いたお酒に出合った。台北の感度の高い若者が集まるバーやビストロで静かに人気を集める[S.C Lab]は、ウイスキーでもワインでもない。実は、茶葉を蒸留して作られた新しいジャンルのリキュール「茶酒」を提案するブランドだ。
そんな[S.C Lab]が日本でもついに動き出した。東京・神楽坂にある台湾のクラフトビール[TAIHUBREWING]の直営店[TAIHU TOKYO]ではポップアップを開催し、日本初のお披露目。これから注目が高まるであろう「茶酒」カルチャーに期待を込めて、ブランドの生みの親でもあるマイキーさんに話を聞いた。
[TAIHU TOKYO]でのイベントの様子。多くの人が、茶酒という新しい体験と出合った。クラフトを感じるお酒って、やっぱり楽しい
台湾の風土、クラフトマンシップをボトルに
[S.C Lab]を立ち上げたのは、台湾出身のマイキーさん。高校時代に渡米し、ニューヨークとサンフランシスコで14年間過ごしたのち、コロナ禍をきっかけに台湾へ戻ることになる。そこでふと思い出したのが、祖父が持っていた茶畑。代々続くその茶畑は、家族が飲むためだけにオーガニックな茶葉を育てていた。その茶葉をどうにか生かせないか、そんな時ひらめいたのが、“茶を蒸留する”というアイデアだった。
オーナーのマイキーさん(右)と蒸留家のプーリアさん(左)。海外で磨いたセンスと台湾のルーツをミックス。クラシカルながら、新しい一杯が生まれた
そこで、行きつけのバーで働いていた蒸留家プーリアさんに話を持ちかけると、コトは一気に動き出した。イラン出身の彼は、ロンドンやカナダのレストランやバーで腕を磨き、台北へ。台湾に根付く茶文化の奥深さ、驚くほど種類豊富な茶葉の世界。その魅力に引き込まれ、ちょうど「何か新しいものを作りたい」と考えていた矢先のことだった。
「日本には焼酎や日本酒があり、韓国ではマッコリやソジュがある。台湾にも、もっと自由に楽しめるお酒があってもいいんじゃないか? ビール以外で、ヘルシーで、シュガーフリーで、シンプルな素材だけで作れるもの。そんな飲み物を作りたかった。家で気軽に楽しめるものとしてね」
そうして試行錯誤の末に生まれたのが[S.C Lab]の茶酒。お茶の香りを閉じ込めた、これまでにないリキュールだ。
(写真提供:S.C Lab)
たとえば、彼らが最初に作った代表的な「S.1 Emotional AF」。台湾産のサトウキビを使い、高温蒸留で鉄観音茶の香りを際立たせる。そこにマリーゴールドの華やかさと柑橘の軽やかなニュアンスを重ね、フローラルな香りとほのかな渋みが、じんわりと口いっぱいに広がる濃厚なティーワイン。
より深みのある一杯を求める声に応えて誕生した「S.2 Odin」は、炭焙龍眼紅茶を使ったスモーキーな一本。ウイスキーのような奥行きのあるコク、じっくりと味わうほどに広がる紅茶の余韻。味わうほどに、その香りと複雑な風味がダイレクトに感じられる。
そのほか、台湾産の檜木のウッディな香りと、四季春茶(しきしゅんちゃ)のフローラルな甘い香りを合わせたティージン「S.3 Hanaki」など、いずれも茶の個性を軸にしながら、違うアプローチで仕上げられているのが面白い。
大人の一杯はなにもアルコールだけじゃない。紅茶の風味を最大限に生かしたノンアルが充実
しかも、お酒を飲まない人のための選択肢もしっかり用意されている。ノンアルコールのラインナップには、鉄観音茶とりんごのスパークリング、金木犀と龍眼の花を使ったカフェインフリーのドリンクなど、甘さ控えめで、すっきりとした飲み口。紅茶の香りがしっかりと立っていて、余韻が残る。
実は、このノンアルコールシリーズが生まれた背景には、プーリアさんの奥様がお酒を飲めないことがある。「彼女にも楽しんでほしい」という想いから生まれた一杯だからこそ、ただのノンアルではなく、きちんと“飲む楽しみ”があるおいしさなのだ。
ブランド名の[S.C Lab]は、“Sensitive Creatures(敏感な生き物)”の略。すべてのものごとに敏感であること。そのバランスやハーモニーを大切にしながら、互いにリスペクトし合う。そんな彼らの哲学が込められている
「人の一日をちょっといいものにする飲み物を作りたかった」とマイキーさんとプーリアさん。その言葉のとおり、香り高く、軽やかで、新しさを感じるお酒は、飲む人の気持ちを前向きにしてくれる。
次はどんな一杯が生まれるのか?尋ねてみると「日本の茶畑にも行ってみたいし、焼酎や日本酒と組み合わせたらどうなるかも探りたい」と、新たな挑戦にも意欲的だ。
今後日本でも取り扱いが次第に始まるという。シーンに新しい風が吹きそうな予感!(写真提供:S.C Lab)
台湾の風土とクラフトマンシップがぎゅっと詰まった[S.C Lab]。ありそうでなかった「茶酒」が、今、静かに広まり始めている。台湾の茶文化が、茶酒という新たな形でどこまで進化するのか、その未来が楽しみだ。
Photo by Kosuke Matsuki (写真 松木宏祐)
Text by Sakurako Nozaki(文 野﨑櫻子)
Edit by Yoshiki Tatezaki (編集 舘﨑芳貴)