特別対談:日本酒から考える味覚とデジタルの美味しい関係

猪子寿之 (チームラボ) × 千葉麻里絵 (GEM by moto)


RiCE.pressRiCE.press  / Feb 9, 2018

日本酒とデジタルアート。異なる分野にありながら、ともに“体験”を通して新しい道を切り開いている[GEM by moto]の千葉麻里絵とチームラボ代表・猪子寿之の対談が実現。日本酒談義から料理とデジタルアートの可能性まで、お酒を片手に語り合ってもらった。

“素材信仰”は21世紀的ではないと思う。“知”は無限だし、奪い合うものじゃないから、そっちの方が人間的だと思う(猪子)

———今号は日本酒特集なんですけどそのキュレーションを千葉(麻里絵)さんにお願いしてるんです。そんな中で千葉さんがチームラボのことが大好きで、すごく影響を受けていると伺って。ぜひ猪子(寿之)さんと一回語り合ってもらいたいなと思ってこの場を設けました。

猪子 わあ、うれしい!

千葉 よろしくお願いします。まずはペアリングを試してみてください。味覚って、甘味・酸味・旨味・塩味・苦味の5つあるんですけど、組み合わせによってすごく味が増強するんです。例えば甘味と相性が良いのは苦味で、よくコーヒーにクリームを合わせますよね。甘味と甘味を合わせても美味しさは変わらないけど、甘味と苦味を組み合わせることで引き立って美味しくなる。

猪子 へ〜。面白いね!

千葉 次にスパークリング。生コショウを一粒食べてから飲んでみてください。これは味覚が爆発するというよりは、嗅覚と触覚に刺激を与えて味をもっと爽やかにしてしまう。ただ飲むだけよりも味がスカーッと抜ける感覚がありませんか。

猪子 本当だ! すごいね、これ!

———もともと千葉さんは大学では化学を専攻してて、理系なんですよね。

千葉 物質化学工学科っていうところで。

———経歴が面白くて。だからこそ“口内調味”をキーワードにしたペアリングとか誰もやってない方法で、日本酒を新たに捉え直そうとしている。それってどこかチームラボと共通する部分があるんじゃないかなと思うんです。猪子さんは、お酒はなんでも好きなんでしたっけ?

猪子 日本酒とワインと紹興酒が好きですね。発酵酒が好き。やっぱり料理と一緒に飲むお酒が好きかも。

千葉 日本酒は料理と合わせてよく飲むんですか?

猪子 寿司と日本酒が好きで。ウニと日本酒が世界で一番好きかもしれない! ウニを食べ終わった後、あーなくなった、悲しいと思って日本酒を飲むとウニの味がもう一回復活するの。それで3回は復活するよね。だからひとウニで3ウニ食べた気になれる。あれは、何なんだろうね(笑)。

———銘柄にはこだわらないんですか?

猪子 寿司屋でだしてもらうものを飲むことが多いけど、新興のチャラチャラしてる日本酒が基本好き!

千葉 (笑)。香りがちょっとあって、すっきりキレがいい感じの?

猪子 そうだね。それこそ、学生のときに『十四代』っていうのを飲んだときにすごく感動して。それからは、それより後に生まれた新興組のお酒が好きかな。

千葉 じゃあ、猪子さんはエステルが好きなんだ。『鳳凰美田』とか『獺祭』とかも好きですよね。

———フルーティってことですか?

千葉 フルーティですね。その酵母ができたのが、今から20年ほど前くらいなのでそれまでにはないスタイルです。そのときに一度日本酒ブームがあったんですよね。

猪子 日本酒のイメージ変わったもん。

千葉 革命的に変わりましたね。そのときって味が洗練されたのもあるんですけど、酵母の香りが加わったっていうのが一番大きくて。猪子さんが好きだって言ってる香りはカプロン酸エチルのパーッとフルーティな香りのもので、高いお酒ですね!

猪子 そうなのかも(笑)。でもワインはカリフォルニアが好きなんだよね。

千葉 何でですか?

猪子 たぶん新興なんだよ。ワイン好きからしたら、「うわ、だっさ〜」みたいに、すげえ馬鹿にされる感じのあの風味が好きなの。ボルドーとかブルゴーニュとかはすごい歴史あるじゃないですか。でも日本人のグルメの人を見てるとブルゴーニュが好きじゃない? たぶんパワフルな味って好きじゃないんだよね。

千葉 それ、すごくわかります。繊細な方が好きですよね。

猪子 僕は、オラー!っていう方が好き。

千葉 日本酒の合わせ方も今までは料理を邪魔しないペアリングが一般的だったんです。それが好きじゃなくて、私もお酒にちゃんとオラー!って戦うような。これがいるから、これはうまいんだぞ!っていう風にしたくて。でもワインと同じアプローチをしても意味がないので。例えば日本酒ってアミノ酸が圧倒的に多いんですよ。

猪子 じゃあ、旨味成分は多いってこと?

千葉 多いです! アミノ酸は20種類以上あるんですけど日本酒では味に直接関係するのは4種類と言われています。

猪子 僕がさっき言ってた新興の日本酒は温めた方が美味しいのかな?

千葉 それは物によるんです。ただ口の中でふわ〜ってくるのはどの日本酒にもあります。そもそも世界中を探してもお燗にしてお酒を出すっていう文化自体が日本酒しかないんです。

猪子 そんなことないと思うよ! 紹興酒も温めるじゃん。日本の人はみんな「日本だけ」って言うの好きだけど、世界に日本だけのものなんてないよ!

千葉 え〜! お燗は日本だけだと思ってました。紹興酒もホットワインもあるけど、それは体を温めるとかそういう役割だけだと思ってました。

猪子 いや、紹興酒はすごい味が変わるよ。冷たいとなんか鼻に付くんだけど、温めると鼻に付く感じが消える気がする。

千葉 紹興酒にはお燗番っているんですかね? それを専門にする人で、ただ温めるというよりは調理するっていうイメージですね。酸っぱくするためとか、甘みを出すためとか。そういう文化は見たことないなって思って。

猪子 いや〜、紹興酒にそれがあるかはわからないけど。ちゃんとやってるんじゃないかな(笑)。別に日本の食文化が平均して特別レベル高いって思わないし。

———本当ですか?

猪子 うん。どう考えても特別高いわけじゃないと思うよ。

千葉 どの辺りですか?

猪子 世界中のどの都市でも中華の方が絶対に美味しいでしょ! タイ料理も美味しいし。だってさ、日本以外で食ったら日本食ってまずいじゃん。ということは料理としてレベルが低いってことだよね。つまりは、自然環境に恵まれて、素材に恵まれてるだけでしょ。

———素材に頼ってるってことですかね?

猪子 そうそう! 料理としての完成度が特別高いわけではないと思う。

千葉 職人が育ってないということもあるんじゃないですか?

猪子 食文化として日本人が言うほどたいしたもんじゃないと思う。日本人って「日本食は最高」ってすぐ言うけど、もし本当に最高だったらもっと流行ってる。

———海外で日本食って流行ってますよね?

猪子 流行ってるのは寿司だけだよね。寿司は美味しいもん。なんで美味しいのか全然わかんないけど。あれは辺境の奇跡だね(笑)。

———ひどい(笑)。まあ、小さい国ですからね。

猪子 和食って「◯◯産」とか言うじゃないですか。「◯◯産」の「◯◯です」って。産地の話ばっかりするじゃん。あれは日本食が一番言うよね。だからそれは素材に頼ってるってことでしょ。

———頼ってるというか生かしてるとも言えます?

猪子 いや、頼ってるね(笑)。

———(笑)。いい素材がなかったら工夫するんでしょうけど。素材がある国であることは確かですよね。

猪子 そう。自然環境に恵まれて素材がよかったから「恵まれてました」って自然に感謝しましょう!っていう話です。そして、おごらずに自然環境を守ることにもっとコミットしましょう。

———日本人素晴らしいみたいに直結するのが嫌なんですね(笑)。

猪子 そう! 日本食すげえみたいに言うのが、本当かよ!って思うんです。アジアにも世界にも美味しいものはいっぱいあるんだから。タイとか超美味しいのに、「素材◯◯です」とか言わないもん! ガパオライスとかどこの豚肉でもいいし、トムヤムクンもやばいよ。ぜったい味噌汁よりトムヤムクンの方がうまいでしょ。よっぽど料理としての完成度高いと思うよ(笑)。

———そういう考え方もありますね(笑)。

猪子 なんか僕はね“素材信仰”っていうのは、21世紀的ではないと思うのね。有限なものを奪い合うモデルだから。だから千葉さんのやってることはすごく良いと思ってて、クリエーションによって美味しくするっていう話じゃない。人間の知恵と創造性によって、組み合わせることで味覚が際立ったり、味が倍増したりっていうのは考え方としてすごくいいなって思う。

千葉 組み合わせの方が無限ですからね。

猪子 そう! 知は無限だし、奪い合うものじゃないからね。

千葉 見つけるものですからね。

猪子 そっちの方がすごい21世紀的で人間的だと思うよ。

千葉 酒の世界もそういうのありますよ。これは「35%まで磨いた山田錦」でとか。もちろん大事かもしれないですけど。だったらいま既存であるものを、パターンや口に入れる組み合わせとか、飲む順番を変えるだけでも変わると思うんです。あとは、同じ酒でもお店の中で飲むのと、例えばクラブで飲んだらもっと弾けるような気がするし。そういう体験を与えたほうがハッピーじゃないかなって思ってるんですけど。日本人っぽくないって言われたりするんです。もっと、“静”と向き合えとか、日本酒はもっとおしとやかなものなんだからって言われるのをぶち壊したくて。でもそれで実際に喜んでくれる人もいるので。

猪子 世界的にはけっこうそういう流れだよね。組み合わせてびっくりさせるとか。エルブジとかまさにそうだったよね。行ったことないけど(笑)。

味覚にデジタルがどこまで介入できるのか考えたりするんです(千葉)

———チームラボの作品で食を絡めたものだと「SAGAYA(※)」があると思いますが料理とアートを組み合わせることで考えていたことはあったんですか?

猪子 ピクニックじゃないけど美しい景色でご飯食べると美味しいじゃないですか。だからアート空間でご飯を食べれたらそういうことができていいなと思って。SAGAYAの場合は料理とお皿が置かれたら、その料理とお皿の中にある世界観が皿の境界を越えて外に出ていって、机や空間が変わっていくみたいなものですね。

千葉 SAGAYAって、視覚にすごい集中するじゃないですか。どっちかというと味覚は二の次っていうと変かもしれないですけどそんな感じがして。その空間で食べてるから、美味しいって感じるのかなと思ったんです。例えば飲んでる時に目の前でパンって花火が上がったら、めっちゃ美味しくなるんじゃないかなって思ったり。それって味覚にすごい直結してるじゃないですか。そういうことってデジタルでできないですか?

※ SAGAYA
「佐賀牛restaurant SAGAYA銀座」の空間「MoonFlower Sagaya Ginza, Art by teamLab」のこと。チームラボが1日8名限定のインタラクティブな空間「世界は解き放たれ、そして連なっていく − SAGAYA」を制作。料理と皿をテーブルに置くと、その料理と皿に凝縮され閉じ込められた世界が解き放たれ、テーブル、そして空間全体に広がるデジタル体験を味わえる。https://www.teamlab.art/jp/e/sagaya/

猪子 まあ、できるかもしれないけど。う〜ん。

千葉 あまり必要じゃないですか? 味覚って、体験があれば覚えてると思うのですが、そうじゃないとなかなか記憶に残らないと思っていて。猪子さんは逆にどこまで介入したいとかありますか?

猪子 いやー。味には介入したくないかな。

千葉 やっぱり、そうなんですね! SAGAYAを見てそんな気はしてたんですけど。

猪子 だって、例えば味がスパークするからって、周りがスパークするよりも、味がスパークして本当に美味しいんだったら、僕はそのスパークした味を良い景色で食べたいかな。スパークだなんだって説明されるのは鬱陶しいからね。

———体験を純粋に楽しみたいってことですね?

猪子 説明することは快楽を上げるわけではなくて、満足度を上げることだよね。

千葉 安心感とか。

猪子 そうそう。キーワード的に「美味しいぞ」っていう満足度を上げるかもしれないけど、それは快楽を上げる行為じゃない。だったら、仮にすごい美味しいものを食べさせてもらったときに、美味しいものの説明が広がるより、美味しいものを一番好きな景色の中で食べた方がいいと思う。

千葉 たしかに、味がスパークするから周りもスパークするっていうのは安易かもしれないですね。

猪子 安易だし、そんなにエクスタシーなことじゃないよ。

千葉 でも、わたしはこのスパークさせるものだったら夜空を想像させるような体験がいいかなとかって考えてしまったりもして。

猪子 スパークが“花火”的だから“夜空”みたいな。想像するものがそんなに言語的じゃなくても良いと思うよ。自分の口の中で広がっていることと目の前の風景が結果としてエクスタシーになるものは、そんなに言語的なつながりではないと思う。意味わかんなくなってきたよね(笑)。

———だんだん難しくなってきました(笑)。

千葉 でも私がやっていることってそれに近いかも。たまたま合うってことじゃなくて、頭の中で理論的に組み合わせがあるので。

猪子 なるほど。わかった! たしかに料理は化学かもしれないけど、ビジュアルはあまり化学ではないのかもしれないね。料理はたしかに化学だ。僕も化学的に作るもん。鍋しか作らないんだけど。

千葉 「猪子鍋」っていうのがあるって聞きました(笑)。

猪子 とにかく旨み成分の多いものを混ぜて作るんだけど、旨みが爆発して何の味か全くわからない(笑)。でも中毒性があってめっちゃ美味いから! 今度その鍋に日本酒合わせて欲しいな〜。

千葉 わかりました!今度食べさせてください!

千葉麻里絵
山形大学物質化学工学科卒業。SEを経て日本酒の世界へ。現在は恵比寿にある[GEM by moto]店主。かねてよりチームラボの作品が大好きで、インスピレーションを得て自らの日本酒メニューにフィードバックすることも。

猪子寿之
世界を股にかけ活躍するウルトラテクノロジスト集団チームラボ代表。好物は寿司と日本酒で、「猪子鍋」と呼ばれるオリジナル鍋を振舞うことも。現在、「Learn&Play! teamLab Future Park」をMGM MACAU(中国・マカオ)にて開催中。(2月28日まで)
https://www.teamlab.art/jp/

GEM by moto
住所: 東京都渋谷区恵比寿1-30-9
電話: 03-6455-6998
時間: 17:00〜24:00(火〜金)、13:00〜21:00(土日祝)
定休: 月曜休

CREDIT
司会: 稲田浩 / 写真: 半沢克夫

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