茶でも一杯
千葉麻里絵×丸若裕俊「一人でお茶と向き合う贅沢な時間」
[GEN GEN AN] の丸若裕俊が毎回ゲストに合わせた茶を淹れて飲みながら対談するコーナー「茶でも一杯」。
第四回のゲストは、RiCEでもお馴染みである恵比寿の日本酒バー[GEM by moto]の酒ソムリエ 千葉麻里絵さん。5月にリニューアルオープンした[GEN GEN AN]でも提供されている、日本酒と茶葉を掛け合わせた“SAKE TEA”。普段から交流があるというお二人のコラボレーションによって生まれたこの新カテゴリー誕生までの道のりからそこに込められた想いまでを語っていただいた。
――最初の一杯目が来ました。こちらはどんなお茶ですか。
丸若:緑茶に山椒を入れました。そうすることですごく清涼感が出るんです。固定概念ではあり得ない組み合わせをやってみると、実はそこにはすごく可能性があるんですよね。ここの山椒はとても面白くて。和歌山の手摘みで無農薬のものなんですけど、山椒の無農薬って作るのが難しいんですよね。小さいから手摘みも苦行のようなんです。
千葉:ちなみに私もお店で日本酒に山椒を入れています。
――千葉さんはどういう時に山椒を使うのですか?
千葉:今の時期だと、濁りスパークリングのドライな味わいの日本酒に入れますね。そのまま飲んでも清涼感があって美味しいんですけど、そこに香りのフレッシュな柑橘感を出したいなってときに山椒を使います。山椒は、全体の味わいとしてのイメージは変わるんですけど、山椒自体は味がないスパイスなので加えることにより味を変えるのではなく、香りの印象を変える役割として機能しています。砂糖や塩を入れて味を変えることと意味合いが違うんですよね。他にもスパイスとして使っていて、かじるとレモングラスのような味がする台湾の生胡椒というのがあって。それと[GEN GEN AN]の茶葉を使ってSAKE TEAっていうものを作っているんですけど。
――それはいつ頃から作られているんですか?
千葉: 3~4年前くらいかな。お茶には日本酒の成分にはないものがあるんですよね。例えばタンニンのようにお茶独特の渋みのようなものは、日本酒の製造工程の中では出ないんです。日本酒にも渋みはあるといえばあるんですけど、お茶が持ってる成分とは違う。そこで、茶漉しに茶葉を入れて、お酒を通して味をうつすことができないないかさまざまな茶葉で試したり、エルダーフラワーでやってみたりしてみたけど、いまいちしっくりこなくて。
――色々試行錯誤されたんですね。
千葉:私は日本酒のブレンドや日本酒以外の何かを使って液体を作る際のこだわりがあって。例えば、桃のような香りの日本酒が欲しいってなったときに、桃の果実をそのまま入れちゃうようなことはしたくないんです。なぜなら、日本酒は酵母や発酵、温度管理とかを調整するだけで、桃の香りは出せるんですよ。なので、SAKE TEAも同じようにお茶をそのまま液体としてブレンドすることはせずに挑戦してみたのですが、茶葉の場合はどう頑張っても温度の問題があったり水ではなく日本酒相手なので前例がなくて、どうしようかなって悩んでいて、そんな時に[GEN GEN AN]の茶葉を使ったらうまくいったんですよね。
コラボレーションするからこそ生きてくる素材
丸若:初めて千葉さんと会った時にはもううちのお茶を使ってくれていて、普通にSAKE TEAを出してきたよね。飲んでみたら、お茶の新しい魅力を引き出してくれていて思わず興奮してしまって。まさに僕たちだけじゃできないことだったから。例えると、すっぴんの状態でも十分好きだったのに、実はこんなに化粧をしたら可愛くなるんだ!みたいな衝撃です。ここだからできたのは、素材屋だったからというのもあるかもしれないですね。うちでも素材のポテンシャルをどう引き出せるか追い求めていたから、麻里絵さんとの出会いは必然だったなって思います。
千葉:確かに[GEN GEN AN]の茶葉って化粧っ気がないんですよね。だからこそ日本酒と交わっても寄り添ってくれる部分がありました。そこから丸若さんが茶葉はこういうのもありますよ、って色々紹介してくれて。そこで今使っている紅ほうじを持ってきてくれました。紅ほうじって普通にノンアルじゃなくても、もちろん美味しいんです。だけど、丸若さんや[GEN GEN AN]のスタッフさんが飲んでくれたときに、「紅ほうじはこのSAKE TEAのための茶葉だったっけ」って言ってくださって。茶葉と日本酒っていうとどうしても想像できなくて、味としてもどうなの?っていうイメージが強いと思うんですけど、作品としてすごく褒めていただいて嬉しかったです。
丸若:なるほどこういう考え方なんだって知ると、じゃあこれは?ってセレクトしていくじゃないですか。そこからお店に通ったり、いろんな知り合いに繋がっていきますし。その中でも素材よりで、同世代で、人間として若干難ありな人たち(笑)。[Minimal]の山下(貴嗣)さんとも仲良くしてもらっていますが、最近あった他愛のない話をしつつも、それぞれ「こんなことやってるんだ!」っていう刺激があって面白いです。ただ、僕たちはお互いにスタイルや考え方もあるから「こうしてください」とかは言わず、コラボするにもそれぞれ自由にやってもらっていますね。
千葉:そこからお客さんに出せるくらいまでに作り込んで。以前、カルティエの腕時計の新作発表会の時に、(Minimalの)山下さんと新政の佐藤さんと一緒に、日本酒とチョコレートのコラボを手がけたことがあって。でも、チョコレートだけだと、ものによりますが、お酒としてちょっと弱いんですよね。なので、そこに渋みを絡めることで、チョコレートとよりペアリングできることがわかっていたので、丸若さんの茶葉を使いました。それがSAKE TEAの初お披露目でした。そのあとは青山ファーマーズマーケットのイベントで出しましたね。
丸若:自分のお店でやっていることがしっかりあるから、こういうイベントで作ったものの完成度もしっかりさせたいという思いがありますね。お酒とお茶って結構世間的にブームとしてもあるけれど、僕たちはちゃんと時間をかけて、積み重ねてやっているので。飲んでもらったら絶対わかってもらえると思っています。
実際に体験しなければ感じることのできないSAKE TEAの魅力
――SAKE TEAってお客さんにとっても馴染みのないものだったと思うのですが、リアクションはどうでしたか?
千葉:「何これ、美味しい!」って反応はあるんですけど、カテゴライズがされてないから液体として美味しいって感じで。そういうのって、割と最初は受け入れられないですよね。味としては受け入れられるものの、「どうやって作ったの?」って聞かれて答えると、「それって(日本酒の業界の方に)怒られないんですか?」とか言われたりします。でも、全然怒られることなんてなくて(新政の)佐藤さんにも飲んでいただいたら「美味しい」って言ってくれたりするんですよね。得体の知れないものを発信する場合って、「なんだか格好いいっしょ。美味しいよ、面白いよ」ってひたすら伝え続けた方がいいんですかね。
丸若:でもそうやって、「すごくかっこいいけどこれは何!?」ってところから本来カルチャーって生まれるものですよね。それがいつからか「こうじゃないと」でがんじがらめになってしまう。千葉さんは圧倒的に前者だから、ガンガン前に進んで欲しい。その時に一緒になって頭抱えながら、僕らの見据える指針を提示することをしていきたいです。そうしないと「酒と茶」っていうキャッチーなワードだけが一人歩きしてしまうので。
千葉:なんかやってるなって思われるだけになっちゃうよね。
丸若:ただ単純にコラボで盛り上げたいっていうことには興味なくて、あくまでコラボは何かの始まりでしかないんですよね。SAKE TEAをイベントに出した次の段階として、ここがリニューアルしたタイミングで(※[GEN GEN AN]は今年の5月11日にリニューアルオープンされた)扱いたいということを千葉さんに絶対無理でしょと思いつつ、直談判したんですけど。これを外に発信していくためには、こういう感じで進めた方がいいんじゃないかっていうのも話し合って方向性を決めていきましたね。それまでは夜も色々なもの出していたんだけど、SAKE TEAに絞った方がいいのかなと思って。それだったら、一緒に日本酒も出したほうが親和性が高いということで、麻里絵さんに日本酒のセレクトを協力してもらって提供しています。でも、こういうSAKE TEAみたいな得体の知れないものって、リアルに体験してもらわないと伝えにくいんですけど、そこがやっぱりすごく大切だと思っていて。現代だと簡単に情報は拡散はできるけれど、どういう表現で伝えることが、この温度感を落とさずに伝えられるかなというところを考えています。
――SAKE TEAは、[GEM by moto]でも出しているのですか。
千葉:出しています。リピートして飲んでくれる人がいたり、飲んでない人でも興味持ってくれていたりします。嬉しいですね。最後にあともう一杯飲みたいけど、どうしようかなという時に出すことが多いですね。気分的にも切り替わるし、リラックスモードにもなります。最近は海外の人にも人気でたまにいい茶葉を持参してくるお客さんもいるんですよね。それを即興でSAKE TEAにするっていうこともやっていたりします。
▲[GEN GEN AN]のSAKE MENU。よく見るとGEN GEN ANの文字がGEM GEM ANになっている。
丸若:面白かったのが、京都の茶筒の老舗[開化堂]が手がけるカフェがあるのですが、そこがアンドレチャンさんっていうシンガポールのシェフが台湾でプロデュースしている「RAW」っていうレストランとコラボしている時に呼ばれたんですよね。そうしたら下がウーロン茶で、上がチーズのムース二層に分かれている飲み物があって。最初は、下だけ飲むんですけど、「徐々に上げて飲んでください」って言われて。その通りにして飲んでみるとウーロン茶とチーズのムースと交わり方が異なってくるんですよ。それは西洋的な美意識であり、「拡張」を体現した3品くらいを口にしたような、繊細な高揚感と満足感がありました。そういう満足感というか、余韻を僕たちは「没入」という方向でSAKE TEAを表現できたらいいですよね。
千葉:日本特有の“渋味”とか“苦味”を出せるといいですよね。海外だと甘みとか乗せてぶつけちゃう料理が多いけれど、日本人はどちらかというと透明感で表現する。
丸若: 昔はなんとなく感覚でそういう表現をやっていたのかもしれないけれど、その積み重ねに敬意を持ちつつも、当時の人々が認識できなかった一部を数値化できるからね。そこを追求して、今の時代だからできる高みを目指したいですね。
一対一で向き合うお茶との贅沢な時間
――先ほどからお話に出ているSAKE TEAが来ました。
丸若:SAKE TEAは紅ほうじを使っています。簡単に言うと紅茶に限りなく近いウーロン茶のような感じです。
千葉:飲んでみると日本酒なんだけど、やっぱりお茶でもあってどっちの良さもありますよね。アルコールも普通に15度くらいあります。
――これは茶葉で濾してるんですか?
千葉:これは50度くらいの日本酒に、茶葉を入れて、そこから抽出して急冷します。
――お茶、お酒のどちらの味にも揺れるような不思議な感じがありますね。
丸若:「なんだこれ!」ってなりますよね(笑)。でも、そうやって違和感を感じて悩むっていうのが脳に一番いいと思うんです。「これはどんな味なんだろう」と考えることは自分との対話ですよね。本来、食を味わうときって他人と共有せずに自分自身で感じるものなので。人によって人生観とか知っているボキャブラリーで色々感じ方が変わってくるものだから。
千葉:誰かが飲んでいたから飲むとかだと、“情報として”美味しいということになってしまいますよね。誰も知らない、私も知らない、それってどうなの?美味しいの?って向き合う時間にもなる。
丸若:そういう意味では、SAKE TEAは飲み手も参加できるものだなと思ってます。自分の意見を勝手に言える。
――なんだか哲学っぽいですね。
丸若:禅問答的なところもありますね。一人でお茶をすすったり、お酒を飲むのって全然寂しいことではなくて、本当はすごく文化度の高くて贅沢な時間ですよね。
――お茶もお酒も長い歴史がある中で、こうやって現代に交わったのも面白いですね。
千葉:カクテルの世界だったらこれまでもあったとは思うんですけど。茶葉と日本酒を合わせてというのはないんじゃないかな。
丸若:そうかもしれないですね。今後、ここでSAKE TEAを飲んでみたから、[GEM by moto]にも行ってみたい、というような繋がりがいろんなところで広まっていったら面白いなと思います。
千葉麻里絵
日本酒に魅了され、その奥深い可能性を探し求める伝道者。日本酒を化学的に捉え、新しい世界を切り開くことで、ファンを楽しませ続ける[GEM by moto]店長。著書に宇都宮仁との共著『最先端の日本酒ペアリング』(旭屋出版)や『日本酒に恋して』(主婦と生活社)がある。GEM by moto
住所:東京都渋谷区恵比寿1-30-9
営業時間:
火~金 17:00 – 24:00
土/日/祝 13:00 – 21:00
定休日:月曜GEN GEN AN
住所:東京都渋谷区宇田川町4-8
営業時間:
火/水/日/祝日 11:00 – 19:00
木/金/土/祝前日 11:00 – 23:00
定休日: 月曜
HP: https://en-tea.com/pages/gengenan
CREDIT
Photo: Masahiro Ibata
interview: Hiroshi Inada
- GEN GEN AN Owner
丸若 裕俊 / Hirotoshi Maruwaka
東京生まれ横浜育ち。多種多様な文化が交わる港町で幼少期を育ち、イタリアファッションブランド勤務や日本各地の放浪の後、日本の職人との衝撃的な出会いを機に「モノコトづくり屋」丸若屋を設立。日本文化との取り組みは、パリ、ミラノ、ロンドンなど数多くの評価を得る。自身の集大成と位置付ける「EATING GREEN TEA」を掲げた、畑から世界市場を生む茶葉ブランドEN TEAを始動。 http://maru-waka.com/ http://www.en-tea.com/ https://www.instagram.com/gen2an/