おいしい裏話
「焼きそばの極意」(RiCE No.21)に寄せて
ラードで焼くとか、肉はどのくらいとか、みなさんいろいろなこだわりを持っているんだと思うけれど、結局は鉄板の油なじみと火力の問題だ思う。
これまでおいしいと感じた焼きそばはみんな高温で作られていて端っこはちょっとカリッとなりそうな寸前だった。
今は誰が焼いているのか定かではないのだが、千駄木に「花乃家」という焼きそば屋がある。夜は飲み屋になるお店。
小学生だったから夜の部には行ったことがないが、ここのおばあちゃんが焼く「肉玉焼きそば」は天才的だった。おばあちゃんが引退してお父さんが後を継いだ。味はすばらしかったけれどキレが違う。今はどうなっているのだろう。
極意はなんと化学調味料。
そのさじ加減が奇跡の味をもたらしていた。肉と卵が両方入っているのに、味がぼけていなかった。
私と友だちは毎日のようにそこで焼きそばを食べた。250円くらいだったような記憶がある。友だちは鍵っ子で、お母さんが私といっしょになにか食べてきな、とお金をくれるのだった。申し訳ないからたまに私がごちそうしたり、家にその子を呼んで晩ごはんを食べたりした。
こんなにも焼きそばが重要な地位を占める人生になるなんて、思ってもみなかった。
花の家
東京都文京区千駄木2-44-19
17:00~21:00
日曜定休
1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞し小説家デビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、95年『アムリタ』で紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞、2022年8月『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、海外での受賞も多数。近著に『下町サイキック』がある。