水野仁輔のスパイストリップ

「風と共に去り行くカレーラーメン」 in 中国・上海


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Apr 16, 2018

あれはラーメンだったのか、 それともカレーラーメンだったのか。

そのくらい曖昧な記憶が残っている。上海にカレーラーメンを出す店があると聞き、訪れた。ラーメン店のメニューの中にカレーラーメンがある。注文すると、ほどなくして普通のラーメンが運ばれてきた。古井戸の中を覗き込むように器に顔を近づけていくと、かすかにカレーの香りがする。ズズーッとすすると、そのカレーの香りは少しだけ強まった。 カレーラーメンだ。確かにあのとき、僕はそう思った。でも、後で思い起こしても、カレーラーメンだったのか? と疑問が先立ってしまう。普通のラーメンを横に並べて食べ比べをしなかったらわからないくらいにスパイスが遠慮していたのだ。 大学時代によく古着屋へ一緒に行っていた友人と、ある鞄を見つけて盛り上がったことがある。 「この黒い鞄、いいね」 「黒い? いや、これ、紺色でしょ?」 「紺じゃないよー、黒だよー」 仕方がないから僕たちは、二人ともがそろって「黒だ」と認める別の洋服を持ってきて並べてみた。あ、紺色だったのか、この鞄。そんなことがあった。そこにはほんのわずかな違いしかない。 あれはラーメンだったのか、それともカレーだったのか。あの鞄は黒色だったのか、それとも紺色だったのか。いかん、いかん。こんなことを考えていたら、カレーラーメンを食べるたびに紺色の鞄を思い出してしまう。 風が吹けばあっという間にどこかへ飛んで行ってしまいそうなカレーラーメンは軽やかで意外とうまく、僕は上海で二度も食べた。結果、薄い香りが濃い記憶を残す思い出深い体験となったのだ。

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