お菓子の細道
友情のクレープ
フランスはクレープ発祥の地
渡仏中、印象に残ったお菓子やデザートはたくさんある。一品のインパクトやテクニックにより心に刻まれたものもあるけど、帰国後の今振り返ってみると、ジワッと心に残っている印象的なお菓子の一つにクレープがある。それは、渡仏前と後でものすごく印象が変わったからだと思う。
クレープは渡仏前からレストランで作っていたので、フランス料理の枠に入っているという感覚はあったけど、色んな食材をクルッと花束みたいに巻いてホイップクリームをのっけた原宿のクレープスタンド=クレープという固定概念があった。
でも、フランスのクレープはなにか違った。
家でも手軽に作れる素晴らしいオヤツであり、高級レストランでは立派なデザートに変身し、テイクアウトスタンドではTシャツ髭面の強面フランス人が粋に焼く、生活文化に馴染んだイケてるお菓子なのだ。
フランス北西部のブルターニュ地方がクレープ発祥の地とされ、その元となったのがそば粉のガレットである。日本人にはクレープの方が馴染み深いので、ガレットという食べ物を理解してもらう時には、「そば粉のクレープ」と説明するが、そもそもクレープが小麦粉のガレットだ、という順番。ガレットに関しては、また別の回でお話ししようと思う。
さて、クレープに話を戻す。渡仏中を振り返ってみた時、クレープのことを思い出すのは、友人たちのおかげかもしれない。まだ、フランスに渡ってまもない頃、すぐにアパートを見付けることができなかった為、[トロワグロ]の研修生用の寮に寝泊まりさせてもらっていた。ある日、同居人の研修生ジョズエが、仕事の終わった深夜に「GOTO! 今日はクレープの日だからクレープ焼くぞ!」と言いだし、めちゃくちゃ分厚いクレープを焼いてくれた。でもね、ジョズエ。クレープとはフランス語で「縮み」という意味で、焼いた時に生地がチリチリと縮むぐらい薄いのがクレープなんだよ。と、今は微笑ましく感じるけど、あの時は、「おおー! 寮でクレープをフランス人と焼いちゃうなんて、フランス来てるー! って感じ!」と思ったのを思い出す。30歳になってたが、なんだか初々しい……。
思い出にふけって、重要なポイントを見過ごすところだった。「クレープの日」ってこと。驚くなかれ、フランスには全国民がクレープを焼いて食べる日があるのだ。
それが、クリスマスから40日後にあたる2月2日のシャンドルー (chandleur) と呼ばれるキリスト教の祝祭日。日本では聖燭祭と呼ばれ、イエス・キリストが生後40日目に聖母マリアと共に神殿を訪れた日を祝う行事とされている。なぜクレープをその日に食べるようになったかというと、2月のこの時期にローマへの巡礼者たちへ法王が振舞っていたからとか、クレープの色と形が太陽を思い浮かばせて、春の到来を祝うためなど、かなり諸説あるみたい。
たまらなく美味しかった本場のクレープ体験
もう一つ、クレープで感動したのが食べ方。
これは[トロワグロ]時代の同僚パティシエール (女性のパティシエの意味) 、ベレニースが僕の妻を家に招いてくれた時に教わったものだ。後日、妻が作ってくれた。
▲ [トロワグロ]時代の同僚パティシエールと妻
クレープをフライパンで焼いたら、そのまま上にグラニュー糖をサラサラっとかけて、レモンをギューっと絞ってパタパタ折ったら出来上がり。簡単でシンプルなのが、たまらなく美味く感じた。それこそ、日本で食べたことのある、具材やクリームたっぷりで巻き巻きしているクレープとは一線を画していた。
これが本場のクレープかっ! と目から鱗の体験だった。
ベレニースから聞くところによると、この食べ方がフランスで最もポピュラーな食べ方らしい。確かにその後クレープ屋さんを見てみると必ずメニューにあることに気付かされた。そして、もう一つのメジャーな食べ方が、チョコレート風味の甘いスプレッドをたっぷり塗った「ヌテラ」と呼ばれるスタイル。フランスにあるお菓子の屋台には必ずと言っていいほど見かける、みんな大好きヌテラ。同僚たちも、ヌテラを見ただけでテンションが上がってるのが面白かった。そして、そのベレニースは、今ではメキシコの[Four Seasons Hotel]でシェフパティシエとして活躍している。嬉しい限り!
▲ こちらのクレープが4/28、4/29に開催されるイベント「Gourmet Street Food Vol.5」で食べられます。イベント紹介記事はこちらから
クレープは、僕にとっては友人たちを思い出させてくれる大切なお菓子だ。ちなみにシャンドルーでクレープを作る時に、片手にコインを握ってクレープをうまくひっくり返せたら、願い事が叶うって。
☆ なんとなくの作り方
小麦粉と少なめの砂糖を合わせておいたところに、これまた小麦粉より少し多めの卵と倍ぐらいの牛乳を合わせておいて、少しずつ加えて混ぜていく。砂糖と同じぐらいの溶かしバターをさらに加えて、漉して。ちょっとラム酒やブランデーを入れたら、香りが良くなるよ。
熱いフライパンに生地を薄くのばして焼く。チラッとめくって焼き色を確認して、ちょうどいいところの手前でバターを置いて、砂糖をサラサラ、レモンをジューっと絞って、折ったら完成。
PATH
住所: 東京都渋谷区富ヶ谷1-44-2 A-FLAT 1F
電話: 03-6407-0011
時間: 8:00~15:00 (L.O. 14:00)、18:00~24:00 (L.O. 23:00)
定休: [BREAKFAST] 月曜・第2第4火曜、[DINNER] 月曜・第2第4日曜
- PATH Owner Patissier
後藤 裕一 / Yuichi Goto
1980年12月5日、東京都出身。法政大学法学部卒業。
PATHオーナーパティシエ / Tangentes Inc. CEO
大学法学部卒業後、「オテル・ドゥ・ミクニ」へ。新宿「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」を経て渡仏。ミシュラン三ツ星レストラン「トロワグロ」にて、アジア人初となるシェフパティシエとして活躍。帰国後、2015年代々木八幡に「Bistro Rojiura」の原シェフと共に、「PATH」を開業。また、パティシエという職業の新たなる可能性を求め、2017年「Tangentes Inc.」を設立。デザート・菓子製造にとどまらず、メニュー開発や店舗コンサルティングなどの業務を行っている。