エディターズノート
「RiCE」第27号「チョコレート」特集に寄せて
RiCEの通算第二七号はチョコレートの特集です。チョコレートにフォーカスするのは初めての試みですが、これまで手を出さずに来た理由としては、端的に照れもあった気がします。なにせ二月にチョコレートですからね。チョコといえばもちろん言うまでもなくバレンタインデー。そのタイミングで特集ってベタ過ぎませんか? だって日本においてチョコレートの旬は、圧倒的な売り上げを誇る二月と相場が決まっているのです。現に年明けからチョコレートの特集を組むメディアは女性誌を中心に絶えません。わざわざRiCEで取り上げなくても…と思っていた節はありました。
しかし、その浅はかな考えを改めるきっかけとなる一本の映画と出会ったのです。『チョコレートな人々』(公開中)というドキュメンタリー作品。愛知県豊橋市に本店がある[久遠チョコレート]を何年にもわたって取材した労作であり、近年多数登場してきたフードカルチャー映画の中では屈指の名作だと思います。
[久遠]は現在全国に四〇の店舗と五七の拠点をもち、かつデパートの催事などでも引っ張りだこの人気ブランド(実際食べましたが、めっちゃくちゃ美味しい!)。でありながら、代表の夏目さんの考え方がかなり柔軟かつ独特で、心や体に障がいがある人や不登校経験者、セクシャルマイノリティなど、今の日本では働き口が極端に少ない方々をスタッフとして正式雇用し、かつしっかり稼いでもらうシステムを構築している。
理想を語るのは簡単ですが、いざこれを実践するとなるとどれくらい難しいことか。夏目さんは悩みに悩み、苦悶しながらトライアンドエラーを繰り返し、[久遠]のチョコレートの味とクオリティ、そしてスタッフの笑顔を両立させようと悪戦苦闘します。その泣き笑いに満ちた顛末はぜひ映画館で観ていただきたいのですが、一つ印象に残った言葉がありました。
「チョコレートは優しい」です。チョコレートは失敗しても、温めれば作り直すことができる。だからこそ人を選ばず、一歩踏み出せばアプローチできるし、たとえ凸凹があっても、それらの力をうまく組み合わすことで、特別なモノを成すことができる。それって愛だな。と直感しました。チョコレートは愛なのだ。愛に貫かれている。
世界最大の嗜好品として万人から愛される万能フードであるのはもちろん、愛する人へ贈るギフトでもある。さらにこの映画が教えてくれたように、作り手に愛がなければ成り立たないし、もっと言えば、遠い彼の地で栽培されるカカオの生産者たち、彼らに愛があればこそ、美味しいチョコレートが戴けるのです。
愛だ愛だとうるさいですか? 確かに使い古されて逆に気恥ずかしさを覚える言葉かもしれません。だけどチョコレートほど、美味しいのが当たり前として顧みられないフードが他にあるでしょうか。こんなに日々助けられ、かつ世界を覆う喫緊のイシューが凝縮されているというのに。
チョコレートは愛だ。愛を込めてチョコレートを見つめた特集です。どうぞ召し上がってください。
Illustration by Masakatsu Shimoda
- RiCE.press Editor in Chief
稲田 浩 / Hiroshi Inada
「RiCE」「RiCE.press」編集長。ライスプレス代表。
ロッキング・オンでの勤続10年を経て、2004年ファッションカルチャー誌「EYESCREAM」を創刊。2016年4月、12周年記念号をもって「EYESCREAM」編集長を退任、ライスプレス株式会社を設立。同年10月にフードカルチャー誌「RiCE」を創刊。2018年1月よりウェブメディア「RiCE.press」をロンチ。
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