おいしい裏話
「同じものを同じように」(RiCE No.7) に寄せて
下北沢ではけっこう有名だったそのお店[ぼくせい]。再開を強く望んでいる。 久留米のお店は[五十番]。名古屋のカレーうどんのお店は[錦]。 とにかくお店の人がもはや人類というよりは、その食べ物をサクッと作る機械のような完璧な動きをする。だから味にムラがない。 退屈じゃないですか? とかお休みの日はなにをしているんですか?とか聞く気持ちにもなれない。そこにいるときの調理人さんたちは「無」になっているし、これまで数え切れないほどの同じ皿を、毎回まるで最初で最後のように作り続けているのだから。 [五十番]に藤井フミヤさんのサインがあってじんとしてしまった。東京に来て、音楽をやって、結婚して……フミヤさんの人生の全部に、きっとあの懐かしい味はしみこんでいるんだなと思った。 ちょうど私の人生に[花の家]の焼きそばの味がみっちりとしみこんでいるように。[芋甚]のモナカアイスが他のどんなアイスよりもおいしく感じるように。
この裏話に出てくるお店: 花の家 住所: 東京都文京区千駄木2-44-19 電話: 非公開 芋甚 住所: 東京都文京区根津2-30-4 電話: 03-3821-5530 本誌エッセイに出てくるお店: ぼくせい 住所: 東京都世田谷区北沢2-5-7 休業中 五十番 住所: 福岡県久留米市東町34-42 電話: 0942-32-4194 錦 住所: 愛知県名古屋市中区錦3-18-9 錦さかいビル 1F 電話: 052-951-1789
1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞し小説家デビュー。88年『ムーンライト・シャドウ』で泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で芸術選奨文部大臣新人賞、同年『TUGUMI』で山本周五郎賞、95年『アムリタ』で紫式部文学賞、2000年『不倫と南米』でドゥマゴ文学賞、2022年8月『ミトンとふびん』で第58回谷崎潤一郎賞を受賞。著作は30か国以上で翻訳出版されており、海外での受賞も多数。近著に『下町サイキック』がある。