感覚を研ぎ澄ませて彩・香・味を感じる時間

発酵と鎌倉野菜、新たなフレンチの形[enso]


RiCE.pressRiCE.press  / Feb 18, 2024

鎌倉・小町通りの裏路地にひっそりと佇む[enso(エンソウ、▶︎IG)]は、スキンケアブランド「OSAJI(▶︎IG)」が展開するレストランメインの複合型ショップだ。

enso]は、2022年にオープン。コースランチ、カフェタイムが楽しめるレストランの他に、「OSAJI」のセレクトアイテムやグロッサリーを扱うショップ、調香専門店[kako -a scent-](写真下)が併設する

元芸者置屋をリノベーションした趣ある家屋。のれんをくぐると、そこには通りの喧騒とは無縁の穏やかな空間が……

レストランで提供されるのは、地元鎌倉を中心とした食材やオリジナルの発酵食品、出汁など和の要素を取り入れたモダンフレンチ。風土に根差し、身体が喜ぶ料理6品がいただけるランチコースでは、料理、食材、はたまた自分と向き合う体験ができる。

ここでは、12月から1月にかけて提供された冬のコース料理〈松迎まつむかえ〉のご紹介を、シェフ・藤井匠さんのインタビューとともにお届け。

鎌倉食材が主役のフレンチコース

発酵ホタテ エリンギ

この日のコースの1皿目は「発酵ホタテ エリンギ」。エリンギの軸をホタテに見立て、バターと醤油でソテー。1年間発酵させたホタテペーストの泡が波しぶきを感じさせ、海ぶどう、布海苔、生わかめが磯の香りをふわりと鼻腔に広がる。

噛むと軸の繊維が解け、エリンギの風味が口内に広がることで、海と山の幸が共鳴。鎌倉の地を感じさせる一品からコースが始まった。

月光百合根 神奈川県産カリフラワー バニラ 珈琲

2皿目は「月光百合根 神奈川県産カリフラワー バニラ 珈琲」。北海道産の百合根「月光」をゆっくりとローストし、カリフラワーにバニラを混ぜたソース、カカオニブ、コーヒーパウダー、カシューナッツをあしらった。

百合根を1枚ずつ崩しながら食べ進めると、ねっとり、さっくりといった部位ごとの食感の違いが楽しめる。バニラの香りやカカオニブ、コーヒーパウダーのほろ苦さが、「月光」の特徴である甘みを引き立て、まるでスイーツのようなニュアンスすら感じさせる。百合根の新たな一面に出会える一品だ。

ドリンクには「YAMATOUMI GIN 5TH BATCH」をソーダ割りで。ホーリーバジルやジュニパーベリーを感じる豊かな香りが、百合根の風味にも深みをもたらしてくれる

神奈川・藤沢[エコモベーカリーマルマル]の酒粕パン。酒粕を使用したパンは[enso]限定での提供

発酵・燻製・藁焼き鰤 鎌倉産大根

3皿目の「発酵・燻製・藁焼き鰤 鎌倉産大根」は、藁焼きにした鰤と大根を角切りにして合わせたアップデート版・鰤大根ともいえる一品。蓋を開けると、凝縮された鰤とカボスの青い香りが鼻腔を抜ける。

発酵鰤ペーストと燻製焼きにした鰤の骨を忍ばせることで、より奥行きある味わいに。低温で長時間火を入れることで甘みや歯ごたえを残したビタミン大根は、通常の30倍のビタミンを含むそう。新生姜のフレーバーオイルを垂らし、香りの変化を感じながらいただく。

白葡萄と大葉

オープン当初から提供している店のシグネチャー的存在・白葡萄と大葉のドリンクをペアリング。コンブチャの培養酵母を利用して発酵させた白葡萄果汁に大葉を混ぜて作られている。微炭酸により立ち上がってくる大葉の香りが、鰤大根に爽やかさをプラスしてくれる。

塩麹漬け旬魚 発酵黄柚子 熟成柚子胡椒 鎌倉産ケール

4皿目は「塩麹漬け旬魚 発酵黄柚子 熟成柚子胡椒 鎌倉産ケール」。塩麹で旨味を引き出しふっくらと仕上げた金目鯛に、黄柚子を発酵させて作った塩柚子と出汁を合わせた一品。柚子のフレーバーオイルと柚子胡椒が金目鯛に華やかな香りを添える。

鎌倉産ケールの調理中。網の上で焼いて水分を飛ばしたケールが、ギュッと凝縮された味わいと力強い食感でリズムをつけてくれる

炭火焼き牛タン とろろ 発酵じゃがいも

5皿目は「炭火焼き牛タン とろろ 発酵じゃがいも」。コシヒカリとササニシキをブレンドして雑穀を混ぜた焼きおにぎりの上に、炭火で焼いた牛タンをのせた丼。再発酵醤油、とろろ、ねぎ塩レモンペースト、発酵じゃがいも味噌の漬物を丼の中で合わせながら食べ進める。

終盤には、牛テールで出汁をとった発酵じゃがいもの味噌汁をかけ、おにぎりを崩してスープご飯に。発酵の要素を取り入れつつもどこか懐かしさや安心感を感じる味わいが、意外性の連続だったコース料理の最後を締めてくれた。

苺 林檎 木苺 自家製ヨーグルト

デザートは「苺 林檎 木苺 自家製ヨーグルト」。苺のレアチーズに牛乳を発酵させて作った自家製ヨーグルトのソルベ、フレッシュな苺、木苺、木苺果汁でコンポートにした林檎をあしらっている。苺、林檎、木苺はどれもバラ科で香りや味わいの相性が良い果物。素材が皿の上で調和し合う様を目と舌で味わいながら、和ハーブティーと共にほっと一息。

“発酵や和の要素を取り入れたモダンフレンチ”。[enso]の料理を表すとすると、そんな言葉が当てはまるだろうか。しかし提供されたのは、そんな言葉から連想されるイノベーティブな料理というよりもむしろ、食材本来の味わいを呼び戻すまっすぐな料理の数々であった。

発酵や食材同士の組み合わせによって発見する彩り、香り、味わいは、食べ手であるこちら側の感覚も研ぎ澄ませてくれる。時の流れを感じる古民家で過ごす、瞬間の食体験。その余韻に浸りながら、静かにコースが幕を閉じた。

やさしいフレンチの鍵は、地産地消と発酵

enso]ヘッドシェフ・藤井匠さん

enso]のヘッドシェフ・藤井匠さんは、中華、イタリアン、ミシュランの星つきレストランまであらゆる現場で調理を学んできた。2017年には代々木上原[WE ARE THE FARM]全店の総料理長を務める傍ら、畑作業にも従事していたという経歴の持ち主。

そんな藤井さんが最も長く関わっているのがフレンチの世界だ。西麻布[レフェルべソンス]での期間を経て、六本木[ブリコラージュ ブレッド&カンパニー]の立ち上げと同時に同店のレストランシェフに就任。その後は、自身の鎌倉への移住を機に、2022年より[enso]でヘッドシェフを務めることとなった。

「裏庭の柚子の樹は使いきれないほど実がなるので、毎回頭を絞って活用しています」(藤井さん)。併設のグロッサリーショップでは自家製柚子胡椒も販売している

「立ち上げ当初から僕がテーマにしているのは、“地産地消”“発酵”です。[WE ARE THE FARM]時代、実際に生産者さんとコミュニケーションを取ったり、畑仕事を手伝いに行ったりする過程で、農業の大変さを身をもって感じさせていただきました。野菜を収穫してレストランまで届けてくれるということは、全く当たり前のことではないんです。だからこそ、できるだけ地元の生産者さんと関わり、地元の食材のおいしさを伝えたいと思っています。今でも、毎朝レンバイ(鎌倉の農協連即売所)で野菜を調達するところから一日が始まります」

ライムを発酵乾燥させブラックライムにする海外の技法を、裏庭で採れた柚子で応用。塩水で茹でて天日に当てておくと腐らずに水分が飛び、カチコチの発酵黒柚子になる。削ると柚子に香ばしさを足したような香りが広がる

「発酵は、体にいいということは勿論ですが、自分自身が単純に作ることも好きなんです。例えば、なぜ大豆と麹を合わせたら味噌になるのか。レシピに則るだけではなく、その理由まで突き詰めていくと、大豆のタンパク質と炭水化物に対して麹が働きかけているという理論がわかる。そうすると、大豆ではなくじゃがいもを使って味噌を作ってみようという発想に至ります。独学で色々なことを試していくなかで新しい味が生まれることが、発酵の面白さです

「季節や気温によっても発酵の進み具合は違うので、その時々で見た目や香りを確かめながら食べ頃を伺っています」

「調理にバターを使いすぎないようにしているのもポイントの一つ。一般的なフレンチではバターでソースに濃度を出しますが、そうすると食後や次の日に体が重たく感じることもあると思います。一方、発酵させると煮詰めなくてもアミノ酸が増すので、バターを加えたり加熱で香りを飛ばしてしまったりしなくても、食材の持つ旨味を活かすことができるんです。体に負担がなく、素直においしいと思える料理を目指しています

創意工夫に溢れたフレンチの、やさしい味わい。その正体は、生産者・食材・食べ手にむける藤井さんのあたたかな眼差しと手仕事にあった。

季節の移ろいと共に、[enso]のメニューも〈松迎〉から〈根喰こんじき〉へと変化した。お店にお邪魔して、今しかいただけない料理と空間を堪能しよう!

<根喰>
ずわい蟹 鎌倉産カリフラワー 自家製唐墨
鎌倉産菊芋 発酵金時人参 燻製里芋
鎌倉産大根 焼きネギ 発酵鰤と発酵大根おろし
活け〆熟成魚 冬瓜 乳酸発酵鎌倉産ラディッシュ
自家製鮭フレーク 発酵トマト梅酢
ロースト苺 発酵ピスタチオ餡子 蜂蜜マスカルポーネ

ご予約はこちらから

 

enso|エンソウ
神奈川県鎌倉市小町2丁目8-29
平日ランチ 11:00〜15:00 (L.O 13:30) ※時間制・予約制/カフェ 15:30〜18:00 (L.O 17:00)
土日祝ランチ 11:00〜19:00 (L.O 17:00) ※時間制・予約制
水曜定休(祝日の場合は営業し翌日がお休み)
IG @enso_osaji
WEB https://www.enso-osaji.net/restaurant/

Photo by Taro Oota(写真 太田太朗)IG @taro_oota
Text by Rin Inoue
(文 井上凜)
Edit by Yoshiki Tatezaki
(編集 舘﨑芳貴)

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