風来坊な食いしん坊
001 美味しいを探す旅のはじまり
2024年5月16日、僕は瀬戸内海に浮かぶ小さな島「因島」に到着した。
東京から車でおよそ800キロ弱、長い旅路の運転は集中力とこわばったお尻との戦いだった——。
皆さん、こんにちは! 富岡誠太です。
つい先日までは代々木上原にあるカフェ[BOLT]で店長を務めていました。
3年程前、当時大学生の僕はご縁がありお店の立ち上げに仲間入り、気が付いた頃には店舗運営をするようになり、日々カウンターに立っていた。店の向かい側には90年以上続く豆腐屋さんがあり、少し歩くと布団屋さんや老舗の鰻屋さん、もちろん流行りの飲食店もあるし、ローカルとなんだか上品な都会感、多種多様なカルチャーが入り混じる街が代々木上原だなと感じる。
街に住む方、商店街の方…本当に多くの方々に、[BOLT]を含めて代々木上原の街全体で仲良くしていただいた。少し歩けば誰かしらと会えて、たわいもない会話を交わす。人との繋がりが希薄になる今日で、こうした街の温もりは暮らしを少し明るく照らしてくれるはず。[BOLT]というお店がこの街の日常風景の一部になることを今でも心から願っているし、この街が僕は本当に大好きなのだ。
そんな僕は、今東京から遠く離れた広島県の小さな島で“美味しいを探す旅”をしている。初回は渋谷区代々木上原[BOLT]から尾道市因島への旅立ちについて綴ってみたいと思う。
コーヒーが開いてくれた食の世界
ここ何年か、色んな土地を回り歩いている。元々旅は好き。でも、いつの日からか旅の目的が明確になり、食や農を軸としたものになった。お野菜や果樹の畑にはじまり、酒蔵やワイナリー、民藝、そして温もりを感じるお店…いくつもの魅力的な作り手の方に出会ってきた。その土地に根付く文化や伝統、歴史、そこから営まれる暮らしについても、純粋に興味を持つようになった。
食の世界への入口はコーヒーだった。僕は大学生の頃にコーヒーの世界を知ったのだが、その少し前、旅先で出会った人や場、手に取っていた本たちに感化され、世界の見え方が広がっていった感触がある。あらゆるものの生産・消費、流通から成る問題について考えるようになり、自ずとその思考は僕らを取り巻く環境について流れていった。都市で生活をする上で最も身近である“食べる、飲む”という自然な行為。見渡せば東京には至る所にカフェ、喫茶の文字であふれている中で、偶然に手に取っていた本によって、現在のコーヒーのムーブメントとその背景、哲学を知り、気付けばその世界の入り口に立ち、あれよあれよと提供する立場になっていた。コーヒーを含む”食”の世界、知れば知るほど食は深くて複雑で、あらゆるものと繋がっていることを感じはじめて、今もその渦中にいる。
僕はそれから、日本の様々な生産者を訪ね回った。伝統あるもの作りは先人たちの知恵が詰まっていて、その土地と人、自然環境が織りなす日本の文化は豊かさに富んでいる。訪れる度に胸を打たれることばかりで、土地の情景や作り手の想い、人柄を食や食のまわりにあることを通して伝えていきたいと思うように。
[BOLT]やイベントなどを通じて自分なりに表現してきたものの、月日が経つにつれ、だんだんと自身の興味が消費者側から生産者側に傾き始めているのに気が付きはじめた。消費者寄りの生活をする中で、生産者をもっと知りたい、手を動かしたい。生産者寄りの暮らしを望むようになっていった。甘い考えと言われるかもしれないが、僕は決心したのだ。
5月7日を最後に僕は[BOLT]を離れた。
現在、広島県は尾道市因島の農家さん“みなと組”と暮らしを共にしながら、畑と向き合っている。出会いは2年前、都内の友人の紹介でみなと組を知り、すぐに彼らの元を訪ねた。畑で一緒に作業をするなかで見える横顔とその人柄、因島の景色に僕は惹かれてしまったのだ。それから[BOLT]にも何度か来てもらっていて大変お世話になっていた。1年程前、電話越しにその時の心境を伝えた。
そうして今因島にいるのだが、彼らはとても気持ちよく僕を迎えてくれた。先月までの東京の暮らしとは打って変わり、日焼けと虫刺されと付き合う毎日である。でも汗をかいた作業の後、畑で採れたお野菜でいただく食事は最高のご馳走なのだ。
目の前に広がる食事に何を想うだろう。僕の食べているものには誰の手が関わっているだろうか。胸いっぱいに美味しいを感じれるだろうか。美味しいは人それぞれで沢山存在すると思っている。
作る人と食べる人。目には見えない壁を多様な美味しいで超えてゆく。穏やかな瀬戸内の海を眺めながら、そんな事を想い今日も畑に向かって歩いてゆく。
初回は渋谷区代々木上原[BOLT]から尾道市因島への旅立ちを記事にしました。因島には数ヶ月お世話になる予定です。その後は九州のどこかに…!
初めての寄稿なので、皆様お手柔らかにお願いします(笑)
1999年、埼玉県出身。大学在学中に旅や生産者巡りをはじめる。同時に代々木上原カフェ[BOLT]の立ち上げに参画。その後、マネージャーを務めたのち、現在は東京を離れ、訪れたことのある土地の生産者の元で生活を送っている。
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