クラッシュカレーの旅
第3回 両手に杵。二刀流免許皆伝!?/群馬・高崎・石臼・叩き旅
左手に短刀、右手に長刀。
二刀流の使い手として知られるのは、宮本武蔵だ。
かの有名な巌流島の果し合いで佐々木小次郎をやっつけた。幼少期から10年間、剣道に打ち込んだことのある僕には、二刀流への憧れを持った時期もあった。
そんな僕にまさかのチャンスが訪れるとは! バーベキューイベントでカレーを作るため、高崎の会場を訪れると、そこに双子の石臼が待ち構えていたのだ。
「クラッシュカレーを作りたいから石臼を準備しておいてほしい」
事前に放っておいたワガママに応えてくれた参加者は2名。それぞれ別々にネット通販で石臼を検索し、たまたま同じショップを見つけ、購入。結果、対面した石臼は一卵性双生児のごとくそっくりだったのである。
両手に花、ならぬ両手に刀、ならぬ両手に杵。
まさかクラッシュカレークッキングを二刀流で行える日が訪れるとは思ってもみなかった。「夢はいつか叶うもんだよ」と、若き剣士の自分に伝えてあげたい。
高崎バーベキューでは食材が豊富だった。猪肉や鹿肉に加えて畑でとれた野菜やハーブ、唐辛子などがどっさり。レモングラスまであるのだから、完璧。果し合いの準備は整っている。誰と戦えばいいのかは不明だが、ともかく僕は2本の杵を手にクラッシュを始めた。
右の臼と左の臼でペースト(香り玉)にする材料をグループ分けしながら叩く。グループ分けに意味はないが、20食以上を作ることを想定すると、ひとつの臼では材料が入りきらないから都合がいい。
ともかく二刀流を実践する。左右の臼は肩幅くらいの距離に置く。右手と左手を交互に振り下ろし、軽快に叩き始めた。
ところが、である。想像していたようにクラッシュは進まない。なんとも力がこもらないのだ。右手を強くしようとすると左手がおろそかになる。左手で臼の中央を狙おうとすると右手が的外れになる。叩いているうちに臼は少しずつずれていく。
ヘンテコなリズムで頼りない音が鳴り響き、みじめな姿をさらけ出す始末。このまま続けたら罪のない石臼を責めてしまいそうになる。まもなく僕は手を止めた。
高崎のクラッシュカレー
【ペーストの材料】
・甘長唐辛子(水で戻す)
・レモングラス(輪切り)
・らっきょう
・グリーンチリ
・にんにく
・しょうが
【下準備】
鍋に水と骨付き鹿肉を入れて沸かし、アクを引いて梨を加えて肉がやわらかくなるまで煮る。
【作り方】
1.ペーストの材料を石臼でペーストにする。
2.別の鍋にココナッツミルクを入れてグツグツと沸かし、ペーストを加えて炒め煮する。
3.肉を煮込んでいる鍋に加え、塩こうじとらっきょうの汁、オクラを加えて煮る。
石臼で二刀流だなんて、バカなことを考えるんじゃなかった。2倍のスピードでクラッシュできると思ったが、修業の足りない僕にそんな芸当が披露できるはずもない。
そういえば、巌流島の果し合いには様々な説があるらしい。物干し竿と呼ばれるほど長い刀(真剣)を持った佐々木小次郎に対し、宮本武蔵が手にしていたのは木刀だったそうだ。しかも武蔵はこの果し合い、二刀流ではなく、木刀1本(一刀流)で挑んだという。何が本当なのはわからないが、武蔵が木刀1本で小次郎に勝利したのなら、やはり僕も杵1本でクラッシュをするべき、ということだろう。
クラッシュカレーに横着は禁物。
ズルしようとした自分を戒め、二刀流を封印。右手に杵、左手は臼を押さえてクラッシュに励むことにした。右の臼を諦めて左の臼の前に立ち、いつものように叩き始める。すると、まもなく参加者の1人が僕の右側に立ち、右の臼を叩き始めてくれた。その後も代わる代わる叩き人が入れ替わる。僕は嬉しくて思わず泣きそうになった。できあがった2つの香り玉が、「お疲れ様」と言っている。僕は手にした杵をおさめた。
でき上がったカレーは、優しい味わいがする。ジビエの風味をフレッシュなスパイスの香りが包み込む。グリーンチリの辛味と梨の甘味がバランスを取る。オクラのとろみがソースに滑らかさを生む。口に運んでしみじみと今日の調理を振り返った。
ひとつわかったことがある。クラッシュカレーに必要なのは、果し合いの相手ではなく、共に石臼と向き合ってくれる同志の存在だったのである。大切なことを手にした高崎の叩き旅であった。
- AIR SPICE CEO
水野 仁輔 / Jinsuke Mizuno
AIR SPICE代表。1999年にカレーに特化した出張料理集団「東京カリ~番長」を立ち上げて以来、カレー専門の出張料理人として活動。カレーに関する著書は40冊以上。全国各地でライブクッキングを行い、世界各国へ取材旅へ出かけている。カレーの世界にプレーヤーを増やす「カレーの学校」を運営中。2016年春に本格カレーのレシピつきスパイスセットを定期頒布するサービス「AIR SPICE」を開始。 http://www.airspice.jp/