新説! 東京ラーメン
第6回 1996年以降の東京ラーメン
まず、これまでの東京ラーメンを整理してみよう。東京ラーメンとは、ある抽象化されたノスタルジックな概念ではない。現代に至るまで連綿と続く、今なお東京の人々から愛されるラーメンのこと。戦前と戦後のラーメンの違い。夜の屋台や背脂ラーメンと昼の杉並中華そば。時代と生活とが時間をかけ徐々に作り上げてきたのが東京ラーメンなのだ。ただ、それがある契機を境に加速度的に変容していく。
それはインターネットによる情報の民主化だ。インターネットは90年代以降徐々に浸透していくが、その黎明期、Yahoo! JAPANが日本語サービスを始め、人口普及率が3.3%だった1996年に、その後の時代をつくっていく象徴的なお店が誕生している。[青葉]、[麺屋武蔵]、[くじら軒]である。ラーメン好きの間では「96年組」として知られるお店だ。いずれも斬新な店として一世を風靡したが、味で革命を起こしたというよりも、見せ方が新しかったといえるのではないだろうか。([くじら軒]は神奈川で広がった系統故に今回はあまりとりあげない)
[青葉]は動物系スープ(豚や鶏)を白濁させた白湯スープと強い魚介スープを丼で合わせ、ブレンドする「Wスープ」というパワーワードを生む。また、「特製ラーメン」という具が少しずつ増量される華やかなラーメンを定着させた。もうひとつ、それまで一部で人気は高かったがラーメンの影に隠れがちだったつけ麺にフォーカスを当てた点も見逃せない。
[青葉]の特製中華そば。味や魅せ方など後世に与えた影響力を大きい
[麺屋武蔵]は、サンマ干しや乾物で取ったスープをブレンドした香り高いスープの他、シックな店内にJAZZなどの空間演出や券売機の導入、限定メニューで集客するマーケティングなどが当時ラーメン店としては画期的であった。
この96年はその他にも、[多賀野]、[ちゃぶ屋]といった名店も生んだが、前者は和風出汁を前面に出し、丁寧な中華そばを、後者は洋食出身の洒脱さを日本のラーメンに取り入れたものだったが、伝統的なラーメン作りを下地にしたもので、結果としてラーメンの幅を大きく広げていく端緒となった。
[多賀野]の中華そば。スタンダードを引き上げた、“誰もが納得する”現代の東京ラーメン
これら96年組に共通するのは、東京ラーメンの伝統的な魅力を踏襲した上で、新しい価値を生み出そうとした点だ。インターネットや様々なメディアによって(レシピも含めた)情報が得られ、また、横のつながりを助長し、人づての情報交換も盛んになったことで可能となった。
[青葉]の手法は[丸長]、[大勝軒]グループが早くから実践していたものを、ひとつ前に進めたものであるし、その味とつけ麺を身近にしたことが、2000年中盤に起こった「つけ麺ブーム」へと繋がっていく。杉並中華そばが提示した魚介スープと鶏や豚のスープのブレンドは、[武蔵]や[多賀野]、[ちゃぶ屋]がそれをさらに推し進めた。つまり、東京ラーメンは装いを新たなにしながらもずっと最先端のシーンに息づいていたのである。
[べんてん](成増)のつけ麺。1995年開業。[青葉]とともにつけ麺ブームの呼び水となった。[大勝軒]の影響を受けている
一方、神奈川で先の[くじら軒]が出たことで、淡麗系ラーメンが盛り上がり、その上で決定的だったのが、佐野実の[支那そばや]~[69’N’ROLL ONE]の流れで、現在に至る鶏にフォーカスした清湯ラーメンのブームが続いているが、ここ数年は、それを押し返すように東京ラーメンに魅了された若者の店による新東京ラーメンが次々に誕生している。
[麺処ほん田]。[大勝軒]の系列出身も紆余曲折を経て東京ラーメンに行き着いた
戦後の東京ラーメンは、例えば、それを絵に描いたような[びぜん亭]が2023年惜しくも閉店してしまったが、それを継ぐ店は豊富にある。夜の東京ラーメンはいまだに深夜であろうと店内は活気に溢れ、杉並中華そばは、大看板として弟子や影響を受けた者を次々を排出、そして、96年組はそれぞれ健在である。
[えーちゃん食堂](不動前)。[びてん亭]の薫陶を受けつつ、現代ラーメンの要素が散りばめられている東京ラーメンの新星
東京はひとつのローカルタウンであり、かつ、情報は集約される都会でもある。ネタは飽きるほどそこいらに落ちているが、もう少し東京という地に足をつけて、東京ラーメンをおおらかに感じてみてどうだろうか。最新は最高峰ではなく、最先端が必ず美味しいわけではない。一口食べて、情報処理してしまうよりも、東京ラーメンを愛してきた過去の人々と無言で語り合おう。あ、これこれ!美味しいですよね、これって昔からあるんですか?という対話がきっと10年後の東京ラーメンの礎になる。
- Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
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