ラーメン熟考
第1回 種物中華そばとは
『そもそもラーメンは種物だった』
「東京ラーメン」を追いかけ、整理していると少しモヤモヤとすることがある。具体的にいうと(特に戦後の東京ラーメンを)ラーメン専門店と町中華とで分けてしまい、町中華のラーメンをいったん蚊帳の外に置いてしまうことだ。一般的なラーメン論評でも、ここはあえて触れずにいる。いろいろな料理にかける手間をラーメン一本に注ぎ込んだラーメン専門店の味、みたいな意識が根底にあるのだろう。
ただ、元来そこはシームレスだった。東京ラーメンを代表する老舗、[来集軒]や[人形町大勝軒]は暖簾分け店を増やし、単なるラーメン店以上の街のインフラとして機能した。[珍來]、[生駒軒]などもそうだ。[丸長]やそこから派生した[大勝軒]も昔はチャーハンや炒め物やカレーがあり、街のニーズに合わせメニューを増やしたお店もある。カテゴリーやジャンル分けは頭を整理するには便利だが、物事の実像を捉えるには邪魔になることがある。
大切なことは、街の中華屋と専門店のラーメンを比較することではない。日本で発展したラーメンには、中華屋で親しまれているようなバラエティ豊かなものも当然含まれているのだから、垣根なく楽しむべきだ。そのひとつが、タネ(具材)が乗った種物のラーメンである。ラーメンに胡椒をかけることさえ躊躇われるような時代だが、あえて具材がたっぷりと乗った種物について考えてみたい。その中間をいく、「ラーメン専門店が提供する種物中華そば」を中心に。
ラーメン専門店を巡り歩く人が種物中華そばの良さを再発見したり、逆に中華屋の種物中華そばを愛好する人が専門店の種物中華そばを探訪したり—そんな楽しみ方があってもいいではないか。ラーメンは本来、おおらかで自由で多様性に富んだ食べ物なのだ。ジャンル分けによって境界線を引くことは、その本質にそぐわない。
限定メニューや季節のメニューを通して専門店でも食べられる種物中華そば
具体的な種物中華そばの各論に入る前に、もう少し深く掘り下げてみよう。まず、「種物」という言葉の定義を見てみると、以下のようになっている。
1. 栽培用の野菜・草花の種。《季 春》
2. 穀類の総称。
3. 関東で、かけそば・かけうどんに、てんぷら・卵・油揚げなどの具をのせたもの。
4. シロップや小豆などを入れた氷水。
寿司もそうだが、上に乗せるもの、つまり、今でいうトッピングのことを種と言う。(余談だが、寿司はネタというが、江戸時代、業界用語風に逆さに読むことが流行り、それが「種⇔ネタ」として定着したと言われている)
蕎麦やうどんは発祥の時点ではせいろそばやかけそばが基本で、それが江戸時代に遊び心や満腹にするためにトッピングを乗せるようになった。そして、趣向を凝らしたトッピングものを種物と呼ぶようになった。もっとも有名な種物といえば天ぷらで、南蛮や花巻、かき玉や、きつねやたぬき、といった身近なものも種物である。
ラーメンの誕生は1910年前後だと言われているが、元をたどれば中華料理の汁そばに至る。そのルーツは多種であった。それが日式の支那そば(拉麺)となり、文化を醸成していくわけだが、初期の繁盛店として広く知られる[浅草來々軒]のトッピングはメンマとチャーシューと言われ、その後発展するラーメンのスタンダードなトッピングであるナルトや青菜や海苔といったものは、その後日本式として乗ったと思われるが、最初から蕎麦のようにかけが標準ではなく、何かが乗っていた。
ラーメンと聞いて想像するものには“何か”が必ず乗っている(著者作のラーメン)
つまり、ラーメンは「ラーメンという種物」でもあったのだ。
一方で並行して、日本に入ってきた中華料理由来の種物は伝統を継承しつつ、洋食などと歩調を合わせるように日式化。支那そばの登場を経て、物凄く速いスピードで日式中華の種物として発展していく。現代でいうところの町中華がその側面をよく表している。
現東京大学教授園田茂人が中央大学教授次第に書き残したネット記事、教養番組「知の回廊」40「ラーメン、中国へ行く-東アジアのグローバル化と食文化の変容」 の中で、ラーメンの歴史の成り立ちを解説するとともに、こう書き記している。
「日本のラーメンには複数の起源があり、これらが入り混じりながら現在の形になったと考えるべきである。分量や麺の製法などは華北 から、シナチクや焼き豚などのトッピングは華南からやってきて、スープは日本で独自に開発された。おおよそ、こう理解してよいだろう」
華南。つまり、叉焼が名物料理のひとつである広東省を中心としたエリアの料理を麺料理に乗せたことも含め、ラーメンはルーツにおいて、複数の食文化がミックスされた特殊な料理だったのだろう。
チャーシューはラーメンにおける最も重要な種物(著者作のチャーシュー麺)
中華料理では、麺の上の具材のことを「麺碼児(ミエンマール)」といい、また、ご飯の上におかずを載せたもののことを蓋飯(ガイファン)と呼ぶが、この蓋飯を麺にアレンジしたものも、また、日本の種物中華そばの幅を広げた。
ご飯の上に乗ったものを麺の上に乗せるのは自然な流れだ
次回は、いよいよ種物中華そばの実像に迫っていくことにしよう。
- Ramen Archiver
渡邊 貴詞 / Takashi Watanabe
IT、DXコンサルティングを生業にする会社員ながら新旧のラーメンだけでなく外食全般を食べ歩く。note「ラーカイブ」主宰。食べ歩きの信条は「何を食べるかよりもどう食べるか」
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