クラッシュカレーの旅

第5回 次々と繰り広げるイリュージョン/静岡・浜松・石臼・叩き旅


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Jan 17, 2025

石臼の中いっぱいにこんもりと盛り上がったペーストを見ると、人はどう思うのだろう?
別になんとも思わない、ということならちょっと寂しい。
美しい、とため息を漏らしてくれる人がいたら嬉しい。
昔話に出てくる山盛りご飯のように見える人はクスリと笑うに違いない。

ふとした疑問を持つ人はいるだろうか。え? この量のペーストをこのサイズの石臼で叩いたの? どうやって?と。そんな人は、もしかしたら石臼を使ったことがあるんじゃないだろうか。もしくは、マジックやイリュージョンが好きなのかもしれない。

石臼というものは、臼に入れた素材を杵で叩き、潰してペーストを作る。だから、石と石とがぶつかり合う空間が必要だ。餅つきなら臼と杵の間にごはんがたっぷりあっても叩かれたごはんは徐々に粘り気を帯びていくだろう。ところがクラッシュカレーの香り玉はそうはいかないのだ。

結果、「おかしいな、石臼のサイズに対して香り玉が大きすぎる」ということになる。目をこすってもう一度見る。やはり、石臼の中、香り玉はこんもりとしている。

静岡県浜松市でクラッシュカレーを作る機会があり、7080人分のクラッシュカレーを作ることになった。実は、クラッシュカレーは大量調理にむいていない。理由は単純明快で、腕が疲れて仕方がないからだ。たとえば4人分のクラッシュカレーを作るとして、レモングラスを1本、にんにくやしょうがを2片ずつくらいつぶすなら鼻歌交じりでいける。

ところが80人分を作るとなれば、すべての材料を20倍にしなくてはならない。レモングラス20本。無理、無理、無理。でも、僕はやってのけたのだ。どうやって? 種も仕掛けもない。ただひたすら頑張ったのである。

すべての材料を一気につぶすことは物理的にできないから、潰すべく材料を3グループに分けた。グループAから潰し、ボウルに移す。空いた石臼にグループBを加えて潰し、ボウルに移す。空いた石臼にグループCを加えて潰すのだ。ボウルは巨大でなくてはならない。ゴムベラを持ち、ペーストACをよく混ぜ合わせる。いい具合に丸まったらまとめて石臼の中に戻すのだ。

ほら、こんもりした香り玉のできあがり。

なあんだ、そんなことか、と落胆するかもしれないが、うまい話はない。世の中そんなもんじゃないか、と思う。

箱の中に入った女性が3等分されるイリュージョンを見たことがある人は多いはず。箱上部の窓から顔が見え、下部の窓からは足が出ている。マジシャンは不敵な笑みを浮かべて、中央部分の箱を左へとずらす。すると……。ぽっかりと穴が開き、奥の景色が見える。女性はニコニコしたまま、足も元気に動いている。誰もが度肝を抜かれる瞬間だ。

よせばいいのにあの仕掛けを調べてみたところ、驚きの事実が判明した。箱の中の女性が驚異的な身体能力を持って、箱の動きに合わせて体を捻じ曲げていただけなのである。

やはり、うまい話はなかったのだ。

クラッシュカレーの具は豚バラ肉にした。大きめに切った豚肉はあらかじめ煮込んでおいた。豚肉を煮込んだ鍋をみると、液面がアイススケートリンクのように真っ白。え? これもイリュージョン!?

いやいや、煮込み後に冷蔵庫で冷やし、豚肉の脂肪分を固めただけである。クラッシュカレーは油を添加せずに作るカレーである。そのため、食材そのものが持つ油脂分を引き出して香り玉を炒めることにしている。大量に煮込んだ結果、分厚い脂肪分をめくる瞬間はちょっとうろたえるが、必要な分だけを使えばいい。

今回、香り玉にはカレー粉も混ぜ合わせたから、フレッシュな香りが魅力のクラッシュカレーにしては、香ばしい香りも混ざり合って食べやすい風味に仕上がった。ココナッツミルクと煮込んで完成である。

多くの人に石臼の魔法をかけることができたイベントだったと思う。「石臼、買います」とか「どこで売ってますか?」とか、何人かに話しかけていただいたのも嬉しかった。

石臼を叩いて作るクラッシュカレーは、目の前でデモンストレーションをしてから食べてもらうと、明らかに反応が変わる。そこに大きな特徴があると思う。

満足した僕は、調理場を片付けた後、相棒の石臼を持って、会場の外に出た。芝生に目をやると、大きなマンホールのようなコンクリートがある。石臼の内側と同じ色をしている。トンと置いてみると、石臼がコンクリートに同化していくような錯覚に陥った。

こ、これまたイリュー……。もういいか。クラッシュカレーにイリュージョンなんてものは存在しないのだ。愚直に頑張ることでしか得られない成果があると学んだ浜松の叩き旅であった。

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