豊かさってなんだ? 令和のフードベルリンライフ
004 肉とジャガイモとマチェス。実は美味しいポテトヨーロッパ
毎週定期的に開催される近所のマーケットがあるのだが、散歩ついでにその日並んでいるものを見に行くことがよくある。旬の食材が並ぶ陳列棚に季節の移り変わりが感じられて、なんだか楽しい。移住してくる前は、ベルリンでこんな生き生きとした野菜たちを毎週目にするとは思ってもみなかった。
トマトヨーロッパとポテトヨーロッパ。
食文化で欧州を二つに分けるという考え方があるらしい。フランス、イタリア、スペインなど、地中海性気候の温暖な地域の恩恵を受け育った、美味しいトマトをベースとした美食が揃うトマトヨーロッパ。一方、ドイツ、イギリス、北欧をはじめとした、寒冷な気候ゆえ育てられる作物が限られ、ポテトを使った素朴でボリューム感のある料理が多いポテトヨーロッパ。しばしば、「ポテトヨーロッパは食文化に乏しい」という人がいる。本当にそうなのか?
ポテトヨーロッパとトマトヨーロッパ(出典:Green European Journal)
ベルリン移住を決めた時、食好きの友達には「なぜドイツなの? 美味しいものあるの?」と言われたし、ドイツは食べるものがないとまで言う人もいた。が、ベルリンでの一年の生活は、私にとって「最も美味しい一年」の一つであったと言っても過言ではない。
今回はベルリンで日々楽しんでいる食材について書いてみる。
まずはお肉。
日本と比べても肉の単価は低いし、なんたってフレッシュ。ドイツの肉製品の流通ルールはかなり厳しいらしく、精肉専門の販売衛生士なる職業が存在するほど。
日本では考えられないが、「メットヴルスト」という生食用の豚肉がある。プレーンなタイプからニンニクやハーブ、唐辛子を効かせた味付きのタイプまで様々な種類があって、スーパーでも気軽に買える。パンの上に刻んだ玉ねぎと共に乗せたものはパン屋さんや駅の売店にも売っていて、10年ほど前に旅行できた時に食べて感動したことを覚えている。
どこか馴染みのある味だなぁと思って色々試していたところ、肉肉しさが強すぎないさっぱりしたメットを選び、海苔で巻いた上でわさび醤油をつけると、ネギトロのような味わいに。日本の味が恋しくなった時に時々つくっていた。
左がメットヴルスト。右は牛のタルタル。どちらもスーパーで購入
ぱっと見は普通のミンチ肉
日本だとお肉屋さんに行かないとみないような、様々な動物の様々な部位の塊肉がディスカウントスーパーにさえ置いてある街。自然といろんな肉料理にトライしたくなるから、肉料理のバリエーションも増えた気がする。
飲み友達とつくった豚首肉の低温調理ハムとザクロソース
鶏肉に関しては、トルコ系のスーパーなどに行かない限り日本で売っているようなぶつ切りのもも肉は置いてなく、基本的に骨がついている。立派な骨付きもも肉をグリルでじっくり焼けば、並の焼き鳥には負けない美味しさになるし、骨付きの方が鍋に入れた時に出汁も出るのでむしろありがたい。
お肉のフレッシュさに付随するように、乳製品も安くて美味しい。Bioの牛乳やヨーグルトの1kgボックスが1,2ユーロほどという価格感。生活に必要な栄養源として税率を低く設定しているらしい。
ヨーグルトの種類も多種多様
次はみなさんお待ちかね、じゃがいも。
日本と少し違い、スーパーでは品種ではなくサイズと用途別にじゃがいもが並んでいる印象を受けた。焼く用、煮る用、マッシュ用などなど。マーケットに行けば様々な品種のじゃがいもを手に入れることができる。仲の良い友人は、お気に入りのじゃがいも農家から毎年大量に買い込むと言っていた。日本におけるお米のようなポジショニング。
マーケットに並ぶじゃがいもたち
なんならグリルするだけでも美味しいくらいだから、じゃがいもを使った料理は軒並み美味しい。仲良くさせていただいている料理家の方のご自宅にお邪魔して、一緒につくらせいただいたニョッキは過去に食べたものの中でも抜群のおいしさだった。一緒にと言っても、自分がしたのはニョッキを丸めるところだけだけど(笑)。
トレーに並ぶニョッキ。かわいい
その方としても、きちんと場所を選べばベルリンは良い素材が手に入るとのことで、頻繁にお邪魔して素材の活かし方を学んでいる。という体で、いつも美味しいご飯をご馳走になっている。
ほろほろとした食感とじゃがいもの風味。ソースと絡むと一層美味
料理好きの友人がドイツの伝統的なクリスマスディナーとして作ってくれた「ローストグース」。グースに栗、りんご、マッシュルームなどの詰め物をして焼き上げ、グレービーソースをかける。赤キャベツのワイン煮と「クヌーデル(Knödel)」というじゃがいも団子のようなものが添えられている。毛をむしるところから始めるフレッシュなグースを家庭で使うこと自体も驚きだが、火入れやフィリング、グレービーに各家庭の個性が出る点も面白い。
それぞれの素材の旨みがギュッと詰まったソースを割いたクヌーデルに吸わせて食べた時の幸福感。ソースをしっかり吸うように、切るのではなく割くのだそう。日本でいう白米が、ドイツでのポテトであることを実感した夜。
南ドイツの伝統的なクリスマス料理。グースの滋味がたまらない
ホワイトアスパラ、芽キャベツ、キノコなど旬の素材は安く大量に手に入るし、他の野菜やハーブだって市場に行けばフレッシュなものが手に入る。スーパーでさえ季節によって食材がガラッと変わるあたり、素材の旬がよく伝わってきてなんだか楽しい。陸続きの欧州だからこそ、トマトヨーロッパの食材だって簡単に手に入る。
秋は日本ではなかなか見ない種類のきのこ達にも出会える
最後はお魚。
ドイツでは魚不足になるっていう話を聞くけど、美味しい加工品が出回っていたりする。
特にお気に入りなのが「マチェス」や「ヘリング」。日本でいうニシンなのだが、ヘリングがニシンの総称で、マチェスはドイツ語で「若いニシン」を意味し、産卵前の脂が乗った若いニシンのことを言うらしい。
旬の時以外は塩漬けや酢漬けで売っていることが多く、日本のニシンより脂が乗っていて、これはこれで美味しい。塩漬けを薄くスライスして薄切りのレモンと合わせれば刺身とは違うフレッシュさを楽しめる。
料理人の友達がつくってくれたマチェスのレモンカルパッチョ
日本の味が恋しくなった時は、酢と昆布出汁で塩抜きをしてあげればシメサバ風になったり。脂がのっている分炙ってやると美味しい。もはや炙りシメサバ。ビーツ、クリームチーズ、ハーブなど欧州っぽい食材との相性もとてもよく、いろんなアレンジができる。
酢締めマチェスとビーツのタパス
他にもマーケットに行くと、燻製器に釣るされた魚が並んでいる。特にサーモンとたらこの燻製がお気に入り。半生でしっとり燻されていて、うまみ・塩味・スモーク感が相まってなんともお酒に合う。
サーモンとたらこの燻製。半生しっとりの断面
他にも魅力的な食材はたくさんあるけれど、キリがないのでこの辺で。
量が多い代わりに比較的安く手に入ったり、アジアショップやマーケットでいろんなスパイスが買えるので、馴染みのあるアジア的な味わいへのアレンジもしやすい点も、この街の食材事情の良いところだと感じる。
ベルリンで出会った人たちに料理上手が多い点も面白いし、自分の家ご飯のクオリティは日本にいる時と変わらないどころか、もはや高くなった気がする。
ガストロノミーのレベルではまた話が違ってくると思うが、日々の食生活という観点では、その地域の美味しいものをうまく活かすだけで十分豊かになると思う。
食材の多さだけが豊かさではなく、手に入る食材を精査してその活かし方を考える中に、豊かな食生活を送る秘訣があることをこの街で学んだ。ポテトヨーロッパ・ベルリンも十分美味しいではないか。日本に帰ってからの食の豊かさにもつながるような、工夫にあふれたベルリンフードライフ。
1993年大阪生まれ。大学在学中に日本酒に目覚め、日本酒のブランド要素研究や酒蔵への住み込み修行を経験。広告会社、山形の日本酒蔵を経た後、欧州の食と酒の文化を体感すべく2024年頭にベルリン移住。現在は日本酒・焼酎のインポーターと日本食ビストロで勤務しつつ、ポップアップで焼酎バーを実施。
IG @doimasayuki