#僕に発酵できないものはない
第二回 「乳酸菌培養苺」
今回は、数ある発酵に寄与する微生物の中でも一番シンプルであろう「乳酸菌」をテーマにしてみましょう。
乳酸菌の何がシンプルかというと、基本的に糖分を分解して乳酸を生み出すくらいしかやることがないやつらでして(一部例外あり)、クリスマスから年末、あっという間に新年突入という忙しいレストラン営業がつづく僕には眩しいくらいにうらやましい、乳酸菌の生き方!
一言で乳酸菌と言っても、確認されているだけでも350種ほど存在します。
そのいずれも食材中の糖分を分解することで、発酵前よりその食材の甘味を減らし、反対に乳酸を生み出す=食材が酸っぱくなるということが特徴です。
例えば牛乳の乳酸発酵。牛乳中の乳糖(糖分)が乳酸菌によって分解されることで甘味は減っていき、代わりに乳酸が増え、結果として甘味が減った酸っぱい牛乳=ヨーグルトができあがる、というのが最も身近な乳酸発酵の例でしょうか。
余談ですが、結構な割合の日本人はこの乳糖を大量に消化できないので(乳糖不耐性と呼ばれます)、牛乳を飲むとお腹を下しやすい(僕の事です)。
そんな人がヨーグルトを食べてもお腹を下さないのは、乳糖が発酵により乳酸に分解済みだからなんです(という雑学知識マウントを披露しておきます)。
話がそれちゃったけど、このような“糖分を乳酸に分解する”という乳酸菌の特徴を理解した時に、「食品中に糖分があればなんでも乳酸発酵できるんじゃないか?」という疑問が浮かんだまま随分と確かめる機会を延ばしていたので、案ずるより産むが易し。
せっかくのこの連載の機会に、糖分のある食材に乳酸菌を混ぜて発酵させてみましょー!!
なんだか興奮してきたぞ。
早速レストランの冷蔵庫を開けて、乳酸発酵と縁がなさそうな食材を探してみる。すると、クリスマス用にスタンバイしている苺と目が合った(気がしたので)、今回は苺を乳酸発酵させてみようと思います。
ご存知の通り、苺には元々酸味があり、その酸味とは主にクエン酸やリンゴ酸。
柑橘に多く含まれるクエン酸や文字通りリンゴに含まれるリンゴ酸がフルーティーで爽やかな酸味であるのに対し、乳酸は柔和で穏やかな酸味。
なので、苺を乳酸菌でうまく発酵できたら三種の複雑な酸味が重なった甘味の少ない発酵苺が出来上がるんじゃないか、という仮説の実証実験です。
今回使用するのは粉タイプの乳酸菌。1gで¥180。撮影用に透明なパケに入れました。街中で見つかったら職務質問されそう
今回はこれを苺に混ぜて発酵させていきます。
乳酸菌が均等に混ざるよう、苺をミキサーにかけてペースト状にし、先ほどの粉状の乳酸菌を混ぜて真空パック
このまま常温に置いて発酵を進めてもよいのですが、時間がかかることや、発酵中に腐敗の可能性もあるため短時間で発酵が終わるようヨーグルトメーカーでほんのりと温めます。約45℃、乳酸菌は暖かい環境を好むのです。
先ほどの真空パックした苺を6時間温めて乳酸発酵させたもの。明らかに色が変わり、濃い赤からピンクがかった色に
これは醸っている!
冷やした後、開封して味見してみると、予想通り複雑な酸味を持った苺のペースト、これ単体で甘味のない苺ヨーグルトのような味わい。
これは面白いぞ!
当初の予想通り甘味の少ない酸っぱい苺ペーストができて、僕は今半笑いです。
せっかくなのでこれを調味料として使ってみましょー。
今回はフレーバーペアリングの考えを基に、苺と共通する甘味、色味、酸味を持つフルーツトマトを主素材に選びました。
フルーツトマトを一度食品乾燥機で乾燥させドライトマトにした後、乳酸菌培養苺ペーストに一晩漬けこみます。
左が乾燥させたフルーツトマト、カチカチに硬いです。
右が培養苺に一晩漬けこんで苺の水分や香りを吸収したフルーツトマト。水分を吸ってフワッと膨張している
ドライトマトからセミドライトマトに戻り、不思議なグミのような食感+発酵した苺の香りと複雑な酸味にフルーティーなトマトの凝縮した甘味。
発酵苺だけでは足りない甘味をフルーツトマトが担ってくれて、トマトを食べているのに苺ヨーグルトを食べているような味わいになりました!
これで何かデザートを作ったら面白そうな素材のできあがりです。
苺の発酵から始まり、トマトの乾燥、その後の漬け込みから試食まで三日かかった今回の実験ですが、今試食した時の興奮が冷め、この記事を書いているときに思いました。
「普通に苺とヨーグルト混ぜたほうが早いな……」
- enso chef
藤井 匠 / Takumi Fujii
六本木[ブリコラージュ ブレッド & カンパニー]の開業時から料理長として活躍。2022年4月、鎌倉に[enso]をシェフとしてオープン。鎌倉を中心とした地場の野菜に、自ら発酵させて作る調味料をかけあわせた料理が注目される。
IG @enso_osaji
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