クラッシュカレーの旅

第6回 叩きすぎた末、忘却の彼方に?/北海道・札幌・石臼・叩き旅


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Feb 24, 2025

過去は変わらない。
未来は分からない。
だから、今を生きるのだ。
これが僕の身上である。

とまずは冒頭で大胆に言い訳をしておきながら、我が失態について書きたいと思う。

連載「クラッシュカレーの旅」も5回を終え、6回目のことを振り返ろうと、PCを開いた。「札幌」と名前の付いた写真フォルダがある。札幌。はて。札幌でクラッシュカレーを作ったんだっけ……。身に覚えがない。

フォルダを開くと10枚程の写真がある。どうやら僕は石臼に唐辛子を入れて叩いていた、ようだ。レモングラスも入っている。赤いペースト(香り玉)とは別に黄色っぽいペースト(香り玉)もあった。一方で、黄色を石臼で叩いている写真は存在しない。

鍋の中では牛肉が煮込まれている。香り玉が加わり、どうやら僕はクラッシュカレーを仕上げた、ようだ。煮込まれた鍋中の完成写真は、ずいぶんおいしそうである。

はて。いったい、いつ、どこで、僕はこのカレーを作ったのだろう。

札幌へはもう15年以上(かな?)、毎年欠かさず料理教室に呼んでもらっている。むしろ、滅多なことがない限り、それ以外に札幌を訪れることはない。だから、僕が札幌でクラッシュカレーを作ったのだとしたら、料理教室のときに違いない。

恥を忍んで主催者に連絡した。

「あのぉ、つかぬことを伺いますが、去年、僕、札幌でクラッシュカレーを作ったんでしたっけ? どんな経緯で作ったのか思い出せず。石臼も使っているけれど、どなたかに借りたんでしたっけ……?」

まるで、記憶喪失になった男がすがる思いで書いた手紙のようだ。時間を空けず、主催者から山のような情報が送られてきた。イベント告知ポスターやカメラマンの記録してくれた写真、使用したレシピなどなど。

2024/9/27 『世界カレー紀行の教室』 第1部がタイ・マカオ・インドネシア、第2部がインド・ネパール・スリランカ。第1部のタイで石臼を使うお話でしたが、第2部でも石臼を使っていただきました! 石臼は札幌に売っていなく、信さんから借りました」

あー! そうそう、スープカレー店[gopのアナグラ]の店主、信さんが石臼も木臼も貸してくれたんだった。記録写真をざっと眺めてみると、自分で撮ったものよりはるかに克明に当時の様子が記されている。それによれば、どうやら僕は、唐辛子などを石臼で叩き、小玉ねぎやターメリックパウダーなどは電動ミキサーをまわしていた、ようだ。

どうやら僕は、黄色と赤色の香り玉を準備し、石臼の中で混ぜ合わせ、オレンジ色のきれいな香り玉を仕上げていた、ようだ。

レシピをチェックすると、自著『世界カレー紀行』に掲載したタイ南部のゲーンヌア。どうやら僕はそのレシピをベースに牛肉のクラッシュカレーにアレンジしていた、ようだ。牛肉と共に大根を煮込んでいるのは、きっと前日の買出しで大根がおいしそうだったからその場で採用したのだろう。

手ごたえの薄い釣り糸を恐る恐るたぐりよせるように当時のことを振り返る。が、やはり、一通り写真を見た後ですら、記憶は蘇らない。そこに写っているのは紛れもなく自分なのに。

過去は変わらない、のだから、振り返っても仕方がない。そう思って生きているから、僕は、できる限り過去のことは積極的に忘れるように心がけている。今日食べたランチも、昨日会った人も、一昨日考えたことも、ほとんど覚えていない。ましてや、去年のことなんて……。

いや、言い訳をしてはいけない。

全自動洗濯機で丸洗いしたような頭で、石臼を叩いている自分を眺めて首を傾げ、ため息をついた。ともかく、できあがったクラッシュカレーはとてもとてもおいしそうだ。あの時、あの場所に戻って食べてみたいが、それはもう叶わない。せめてベースのレシピだけでも記しておこう。

牛肉と大根のクラッシュカレー

【材料】
ペースト
・ブラックペッパー
・赤唐辛子
・にんにく
・塩
・レモングラス
・小玉ねぎ
・ターメリックパウダー
・カー
・ガピ 100g

ココナッツミルク
煮汁
牛バラ肉
大根
煮込み用
・にんにく
・レモングラス
・こぶみかんの葉
・カー
・塩 各適量

【下準備】
ペーストを作る。クロックにペーストの材料を上から順に加えてつぶしてペーストにする。

牛肉と大根を煮る。鍋に牛肉とたっぷりの水(分量外)を入れて火にかけ、沸騰したらアクをひき、煮込み用の材料を加えて混ぜ合わせ、2時間ほど煮込む。

【作り方】
1. 鍋に半量のココナッツミルクを入れて煮立てる。

2. ペーストを加えて混ぜ合わせ、炒める。

3. 牛の煮汁を加えて煮立て、スライスした牛肉と大根を加えて弱めの中火にし、5分ほど煮る。

4. 残りのココナッツミルクを加えて混ぜ、15分ほど煮る。

料理教室の第1部でタイの話をしたときに、どうやら僕はこのレシピを披露した、ようだ。が、第2部でも石臼を叩いたのだという。第2部のテーマは、インド、ネパール、スリランカ。確かにどの国でも石臼を使う料理はある。が、いったい僕は石臼で何を叩き、何の料理を作ったというのだろう?

頼まれてもいないのに、興が乗ったのか、余計に叩きまくったことだけは事実のようである。カン! カン! カン! と叩いた数だけ僕の脳細胞から記憶が飛んで行ったのだとしか考えられない。忘却は決して前向きな行為とは言えないと学んだ札幌の叩き旅であった。

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