
旅に出たら本ができていた。音楽家・古舘佑太郎さん新刊発売インタビュー
「バンド辞めます」→「カトマンズに行け」→こうして僕は飛ばされた
「カトマンズに行け」。 バンド解散を報告した音楽家・古舘佑太郎に、先輩であるサカナクション・山口一郎が放った一言。そんな無茶ぶりから始まった旅は、想像以上にハードモードだった。
「旅に出たくなかったんですよ、本当に」。そう話しながら、小岩のネパール家庭料理[サンサール小岩]でダルバートを手で混ぜる古舘さん。旅嫌いの彼が、なぜ2カ月もアジアを放浪し、本を書き上げることになったのか? 旅を通して気づいたこと、学んだこと、そして“変わらなかった”こととは。
旅のすべてを綴った新刊『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』が3月12日に発売しました! 20の質問で、その旅を探ります。
旅の話を聞くには、やっぱりネパール料理がいい。ということで、今回のインタビューは小岩の名店[サンサール小岩]で
1. 今回の旅を本にまとめるのは、初めから考えていたこと?
全然そんなつもりはなかったですね。むしろ、旅に行くこと自体を秘密にしようと思ってました。行くって言っちゃうと、しんどくなっても帰れないじゃないですか。でも結局、現地に着いた直後に一郎さんの配信で全部バラされて、4000人くらいが「頑張ってください!」って応援してくれたんです。そのプレッシャーで、まさかの過呼吸になりました。人生初の経験で、本当に呼吸ができなくなったんです。
2. 旅の道中のメモは、スマホ派 or ノート派?それとも記憶頼り?
持って行ったのはノート2冊とボールペンです。旅のメモはすべてこのノートに手書きで綴っていました。一郎さんに「なんでもいいから、コンテンツ化しろ!」って言われてたけど、最初はそれどころじゃなかったです。蕁麻疹は出るし、帰りたくなるし……。だから“メモ”っていうより、もうひたすらノートに“書き殴る”って感じでしたね。
3月12日(水)発売した『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』。約2カ月にわたるリアルな奮闘記が詰まっている
3. 日記を書き始めた理由は?
最初から日記を書くつもりではなく、行きの飛行機で時間があったので、「せっかくだし、今の気持ちでも書いておくか」と始めたのがきっかけ。実はそれまでは書いたことがなかったけど、旅の間は毎日ノートに記録し、その一部をインスタに投稿してました。
4. 日記を書くことで何か変化は?
もし日記を書いてなかったら、旅を乗り越えられなかったと思います。続けるうちに日記を書くって、自分を客観視する作業なんだと気づいて。辛い状況を俯瞰できるようになったというか。
例えば、ぼったくりに遭ったり、30時間バスに揺られたり、入国拒否されたり。そんな経験も「しんどいのは俺じゃなくて、このしんどそうな男をみんなに伝える役目なんだ」って思うようになったら、ちょっと楽になったんです。ある種の現実逃避ですが。
5. 本になった経緯は?
旅の途中で、インスタを見た編集者の方から「本にしませんか?」と声をかけていただいて。書いている時は、人に見せるつもりなんて全くなかったので恥ずかしいことも、個人的なことも、抵抗もなく書いていました。だから、最初は本にするなんてピンとこなくて。
当時は旅を終えた後のことなんて何も考えられなかったし、とにかく無事に帰ることだけが目標でした。日本に帰ってから「せっかくだし挑戦してみようかな」と思えるようになった。ただ、ノートの字がぐちゃぐちゃすぎて、まずは解読するところからのスタートでした(笑)
6. 9か国のルートは、どうやって決めた?
最初に「カトマンズに行け」と言われてたので、カトマンズに行くことだけが決まっていて、あとは行き当たりばったりで決めていくスタイルでした。出発直前に旅の経験者から「初心者がいきなりインドはハードル高すぎない?」とアドバイスがあって。「それもそうか」と思い、まずは東南アジアを回って、身体を“旅に慣らす”ことにしました。
7. 旅で一番キツかった移動は?
初めに航空券だけ買って、タイへ飛びました。そこからカンボジアを陸路で抜けて、すぐにベトナムへ。ホーチミンは良かったのですが、落ち着いたら逆に良くない気がして、鉄道でハノイまで縦断しました。その後ラオスへ移動。中でも、ベトナム〜ラオス間の寝台バスは30時間の移動で、まさに地獄でした。現地でも“死の陸路”と呼ばれていたらしく…(苦笑)。男3人横並びで狭くて、しかもトイレの横の席で本当に辛かった…。
「中に入っていいよ!」と、店主のウルミラさんが厨房へ招いてくれた。21年間ネパール料理を作り続けているウルミラさんに、オーダーしたダルバートの作り方を教えてもらうことに
8. 「これは予想外すぎる…!」と驚いた出来事は?
本当はミャンマーを通ってバングラデシュに行く予定だったのですが、現地の情勢が悪く、「不要不急の渡航は絶対にやめろ」と言われました。調べてみると、タイに戻れば行けると分かったのですが、引き返すのは嫌だったんです。そこでさらに調べると、中国を経由すれば行けることが判明。ノープランの旅の中で、急に中国が選択肢として浮上しました。
問題は、中国のビザが異常に厳しいこと。ビジネス目的ですら取れないことが多い中、僕は中国大使館と2日間にわたる“争い”を繰り広げ、最終的に泣き落としで取得しました。本来なら10日かかると言われたビザが、たった1日で発行されたんです。
ただ、手続きは一筋縄ではいかなかった。まずは書類を記入しろと言われ、必死に調べながら提出。すると今度は「プリントアウトしてこい」と言われました。ラオスの田舎では、町に出ても果物や野菜ばかりで、コピー機なんてほとんど見当たらず…。でも探せばあるもので、ようやくプリントアウトして持っていくと、次は「中国語に訳してこい」と言われ、また外へ。そして翻訳したものを再度プリントし、ギリギリ閉館5分前に駆け込みました。
「これで断られたら終わりだ…」と覚悟していたところ、疲れ切った僕の姿を見た大使館の職員たちが突然爆笑し始め、「こいつ面白いな」となり、まさかの“特急扱い”でビザを発行してもらえたんです(笑)。
9.一番忘れられない食事は?
1位はネパールの「ダルバート」。旅の6カ国目でネパールに着いたんですが、それまでしんどすぎて、何も食べない日もあったくらい。でも、カトマンズに降りた瞬間、なぜか気持ちがぶわっと上がって、そこで食べたダルバートがめちゃくちゃおいしかったんです。
それからほぼ毎日ダルバート。どこで食べてもハズレなし。山村で暮らす大家族の家で、ご飯を振舞ってもらったダルバートが特に印象的だった。潔癖症なので「手を洗いたいな…」って思ったけど、みんなが当たり前に食べてるから、自然と僕もそうなってた。ちなみに、2位はインドのモールで食べた「アメリカンピザ」。ピザのありがたみ、半端なかったです。
[サンサール]名物の「ダルバート」。タルカリ(ネパール式カレー)、ダル(豆スープ)、アチャール(ネパールのお漬物)、サグ(青菜炒め)、そしてご飯がセットになった栄養満点の一皿。野菜とスパイスがたっぷりで油は控えめ
10. 「手食」の具体的な感想を教えて!
本当に驚いたんですよね。食材の温度とか質感がダイレクトに伝わってきて、味の感じ方まで変わる。こんな食事の仕方、今までしたことなかった。ダルバートの味も美味しく感じられるんですよね。なによりも「満たされた」感覚がすごかったです。日本でラーメンとか食べると、つい大食いしちゃうけど、手で食べると自然と適量で満足できる。手の感覚がブレーキになって、食べ過ぎないんですよね。これは大発見です。
手食のコツを教えてくれる古舘さん。それぞれのおかずをご飯にのせ、スープをかけて混ぜながら食べる。ひと口ごとに異なる味わいを楽しむ
11. インドと言えば「チャイ」!率直な感想を。
インドは「暑い時こそ熱いチャイを飲め」という文化のようで、至るところにチャイスタンドがあります。最初は正直「40度超えの中で熱いお茶って、罰ゲーム…」って思ってました。
でも、試しに飲んでみたら、衝撃。体が内側からスーッと落ち着いていく感じがしました。決して冷えるわけじゃないのに、不思議と気持ちいい。それ以来、昼の暑さを乗り切るために、むしろ積極的にチャイを飲むようになったんです。
日本だと暑い日はかき氷とかアイスコーヒーだけど、インドでは逆の発想。考えてみたら、日本でも冬に寒中水泳とかするじゃないですか??あれと同じ原理なのかもしれない。暑い時には熱いものを、寒い時には冷たいものをぶつける。そうすると、体が適応しようとして、逆に心地よくなる。そういう理にかなった文化があるって、めちゃくちゃ面白いと思いました。
ちなみに、インドではアイスチャイなんて存在しない。「氷が危険だから、氷抜きの飲み物を飲むことが多くて。だから、だいたいぬるい」
12. 旅の中で、感慨深かった瞬間は?
カトマンズに降りた時です。詳しいことは本に書いてあるので、ぜひ読んでほしい。旅の前半は、僕を旅に行けと言った一郎さんへの怒りだけで突っ走っていました。「なんで俺をこんなところに飛ばしたんだ」と。でも、カトマンズに着いた瞬間、その感情がガラッと変わったんです。
「悪魔(一郎さん)と約束した場所にとうとう来てしまった…」と思いながら飛行機を降りたのですが、その瞬間、なぜか一気にテンションが上がりました。標高が高いせいか風も気持ちよく、景色も広がっていて、すべてが自分につながった気がして。「ここまで来れたんだ」と、初めて自分を褒めました。絶対無理だと思っていたのに、一つ目標を達成できたと感じたし、一郎さんに対しての恨みもその瞬間に感謝へと変わりました。
13. 現地の人と話して、「これは日本と全然違う」と思ったことは?
ネパールの若者と話していたとき、「将来の夢?そんなのないよ」って言われて衝撃を受けました。お金を稼ぐことにも興味がない。でも彼らは、町と信仰と仲間たちを大事にして生きている。
日本では「夢を持つこと」が当たり前のように求められるけれど、旅をしてると日本のスタンダードの方が特殊なのかもしれないと思う瞬間がありました。
14.旅を通じて「自分って意外と◯◯なんだな」と気づいたことは?
本のあとがきにも書いたんですが、旅に出る前の自分は、自己肯定感がめちゃくちゃ低かったんです。 「どうしてこんなに自分はダメなんだろう」って。せっかち、潔癖症、神経質、臆病…。そういう自分の“弱さ”を克服しなきゃいけないと思ってました。
でも、新しい文化に触れて、たくさんのカルチャーショックを受けた。それに、そんな中でも“変わらない自分”がいることに気づいたんです。どんなに環境が変わっても、ガンジス川に飛び込んでも(笑)、絶対に変わらない自分。だったら、いちいちクヨクヨしたり、自分を責めたりするのをやめようと思ったんです。 “欠点”だと思ってたものも、ひっくるめて全部自分だから「変えなくてもいいんじゃない?」って。旅を通して、そんなふうに思えるようになりました。
15. 旅の中で「これは一生忘れない…」と思った景色は?
パキスタン国境に近いインド最北部の町、レー。ヒマラヤの雪山と茶色い岩肌が延々と続いていて、まるで月面みたいな世界でした。標高もめちゃくちゃ高くて、集落が岩山にへばりつくように広がってる。景色だけ見たら「ここ本当に地球?」ってなるような。インドにこんな場所があるなんて、正直まったく想像してなかったです。
16.次旅するなら、どういう旅にしたい?
もう一回この旅をやるかって聞かれたら、即答で「絶対に嫌」。次は飛行機で快適な旅がいいですね。でも、行けなかったインドのゴアには、いつか行ってみたい気持ちもある。
あと、この本を持ってカトマンズに行って、1回失敗に終わった陸路でのインド入りにもチャレンジしたいです。ガンジス川の近くにある宿に、旅人たちが好きに本を置いていっていい本棚があるんです。そこに自分の本を置きにいきたいです。
17. 帰国してからの一郎さんの反応は?
久しぶりに会ったら、「お前、何にも変わってないな!」と叱られました(笑)。極めつけは「次は寒い国に飛ばすぞ」っていう恐ろしい発言。即答で「絶対に嫌です!」って拒否しました(笑)。 だから、僕のあとがきのタイトルは 『寒い国には行くもんか』 です。
18. 旅を出る「前」と出た「後」。大きく変わったことは?
今こうして本になったってことは、インスタを見て共感してくれた人がいるってことですよね。それを考えると、これまで自分は「どうやったらもっと伝わるか?」ばかり考えて、分かりやすい歌詞やシンプルなメロディーを作ってきたんだなって思うんです。でも、気づいたら「本当にやりたいこと」が分からなくなってしまってた。それも旅に出た理由の一つです。
実際、インスタも「共感なんてされるわけがない」と思って投稿してました。だって日本のみんなとは全然違う環境にいるし、SNSに“映え”とか関係ないリアルなことばっかり書いてたし。むしろ「俺の気持ちなんて分かんないでしょ?」って思いながらアウトプットしてただけ。でも、そんな投稿に共感してくれる人がいた。それがめちゃくちゃ衝撃で、「共感するってどういうこと?」って、もう一回考え直すきっかけになったんです。
これからの音楽活動にも、その気づきは確実に影響すると思う。 やっぱり、何かを伝えたいって気持ちは変わらないけど、その伝え方をもう一度考え直す時期なのかなって。
「ネパールの味を思い出しました」と古舘さん。[サンサール]は、小岩の本店をはじめ、新宿と本八幡にも支店を構える
19.旅って結局、行ったほうがいい?
この本は、旅をオススメする本じゃないんです。その人が旅好きならいいですけど、俺みたいな旅嫌いな人は、むしろこの本を読んで旅に行く気が失せて欲しいです。おんなじ目にあって欲しくないので……。
20.最後に、ひとこと!
旅の途中では「早く帰りたい」と思うこともあったけど、振り返ってみると、全部が貴重な経験でした。書くことで気づけたことも多くて、今は本にする話をいただけたことに感謝しています。ありがとうございました!
古舘佑太郎|Yutaro Furutachi
ミュージシャン、俳優。1991年生まれ。東京都出身。2008年、バンド「The SALOVERS」を結成し、ボーカル・ギターとして活動スタート。2015年3月、ソロ活動を開始。2017年、新たなバンド「2」を結成し、2021年に活動休止。2022年2月22日にバンド名を 「THE 2」に改め再開するも、2024年に解散。俳優としても活躍し、2014年、映画『 日々ロック』でデビュー。以降、NHK 連続テレビ小説『ひよっこ』、NHK 大河ドラマ『光る君へ』、映画 『ナラタージュ』などに出演。主演映画に『 いちごの唄』 『アイムクレイジー』などがある。『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』
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Edit by Ai Hanazawa(編集 花沢亜衣)
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