クラッシュカレーの旅

第7回 悩み、困り、救いの手に助けられ/和歌山・石臼・叩き旅


Jinsuke MizunoJinsuke Mizuno  / Mar 23, 2025

きのこ狩りに出かけていったのは、去年の秋のことだった。そぼ降る雨の中、きのこ博士に導かれて和歌山県内の山に分け入り、いくつかの食べられる顔ぶれに出会った。山できのこを見かけるたびに思うことだが、毒きのこほど美しいのは皮肉なことである。真っ赤に色づきツヤツヤしていたら食欲も減退しそうではあるけれど。

本当においしそうな素材を手にしたとき、カレーを作りたくなるのが「カレーの人」として生きる男のサガだ。そう多くの人は思うだろう。ところが残念ながら、僕の場合、カレーにするのはもったいないと思ってしまう。たいていのものは塩を振って焼いたり炒めたり、煮たりするほうが好きだ。素材の力強い味わいを堪能した後に、あまりものをカレーにするくらいがちょうどいい。

今回もその作戦でいくつもりである。

近所にある道の駅へ行き、地元の野菜を買う。カレーを作ると言ったって、最近はクラッシュカレーのことしか頭にないのだから、クラッシュできそうなアイテムをかごに入れることになる。

紫とうがらしなるものを見つけた。クラッシュの目玉はこれにしよう。「クセが無く、辛味が無く……」とある記述が少々気になる。クセも辛味もあってほしい。クセも辛味もないこのとうがらしには何があるんだろうか。瑞々しさはありそうだ。が、水分が出すぎると石臼で叩きにくいのだ。

ほかにも気になるものをかごに入れながらふと考える。さっきの山では持ち主の許可があれば、きのこをいくらかごに入れても無料である。ところが、道の駅ではかごに入れた分だけお金がかかる。物色してかごに入れるという行為は同じはずなのに。

どうでもいいことに頭を巡らせていたら、宿泊所のキッチンについていた。

石臼は準備されている。いつの日か、日本中どこのどんな調理場へ行っても片隅に石臼が置かれている時代がやってきたらいいのにな、と思う。

早速、主役の紫とうがらしをクラッシュし始める。と、まるで小ぶりのナスのようにじゃぶじゃぶと水分が出てきてしまった。このままペーストにするのはタイヘンだ。臨機応変を身上とする僕は、その場にあったスナック菓子やナッツを投入し、水分を吸わせ、なんとか香り玉を作り上げた。

しかし、一抹の不安が残る。叩く材料が足りていないのである。

クラッシュカレーを作るのに大事な素材は、まずは唐辛子。次にしょうがとにんにく。である。ところが、今回、唐辛子は唐辛子でもトウガラシでもグリーンチリでもレッドチリでもなく、紫とうがらしである。しょうがとにんにくは叩いたが、カレーっぽさが足りない。

ここにクミンシードやコリアンダーシード、ブラックペッパー、レモングラスなどが入ってくると様変わりする。ドラムロールが鳴り響き、「いよいよクラッシュカレーの登場です!」みたいな雰囲気になるもんだが、今回の和歌山叩き旅では、きのこにうつつを抜かすあまり、手ぶらで来てしまったのだ。

そのとき、ピンチに直面した僕から焦りの空気がにじみ出ていたかどうかは分からないが、背後から天使の声が聴こえてきた。

「カレー粉、買ってきましょうか?」

あれは、空耳だったのだろうか。いや、確かにそう聞こえたのである。「これから買出しに行くんで、ついでに」と。「じゃ、レモングラスとコリアンダーシードを」だなんてワガママは言えない。そんなものは和歌山の山奥に売っているはずもないのだ。

まもなく、僕の目の前にカレー粉が現れた。僕はそれを気前よく振り入れて2つ目の香り玉を作ったのである。

青銅色の石臼の中、仕上がった香り玉は心なしかいつもより頼りない。もっときめ細やかに素材がつぶされ、ペタペタとしたペースト状になり、球体もプリッとした造形美を見せているはずである。

香り玉は心の鏡。不安なまま叩けば形が崩れるのかもしれない。

フライパンで香り玉を炒め、きのこを煮込んでいる鍋に加え、和歌山の柑橘じゃばらを絞って何とかクラッシュカレーを完成させた。天使の声に耳を傾けてよかったと思う。カレー粉がなかったらカレーにはならなかっただろう。クラッシュカレーにカレー粉を使うのはレアケースだが、きのこの風味と相まってクラッシュカレーの新たな世界を見られた気がした。

困ったときには救いの手にすがるべきだ。片意地張らず素直になることも必要だと学んだ、和歌山叩き旅であった。

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