連載「おい神保(おいしんぼ)」 ~サラリーマンランチ紀行~

第5回 はせ部の定食、いぶし銀の旨み


Kohei YamaguchiKohei Yamaguchi  / Mar 31, 2025
神保町…曰く、古本の街。
曰く、カレー激戦区。
曰く、喫茶店の聖地。
曰く、中華街(チャイナタウン)。
そんな様々な異名を持つ食と活字のシャングリラ、神保町。
とりわけ昼飯については全国津々浦々比較しても頭一つ抜けた選択肢の多さにより、界隈のサラリーマン達の心と胃袋を満たしており、停滞を続ける日本のGDPに対して、神田一帯、午後のGDPは上昇の一途を辿っているとか、いないとか…。
そんな神保町で勤続10年となる筆者の昼食雑記が、この「おい神保」である。

カレー、うどん、カレーとランチ界のホームランバッターを中心に書き綴ってきたこの連載であるが、時には趣向を変えて、神保町の人しか知らない、小技の効いたお品書きのあるいぶし銀の店を紹介したい。

それがコチラ、季節料理の[はせ部]である。持ちビルの1階に店舗を構えているのであろうか?ビルの入り口にも長谷部と表札がある。

お昼時は少なくとも50歳以上のスーツ姿のサラリーマンで行列を成している。筆者も[はせ部]に向かう時は、なるべく昼休み前後30分、時間をずらして向かうがそれでも行列が絶えない。

11時半〜13時半の営業時間で土日休み。完全に地場の企業戦士向けの営業形態である。

店先のお品書きにはお刺身と焼き魚が数種類記されている。きょうび、税込3桁でお刺身が食えるのだ。

しかも身元のハッキリした折り紙つきの魚たちのお刺身である。

この日は奄美の本マグロ、長崎のブリなどがあったが、ダンゼン目を引いたのは鹿児島の初鰹であった。

写真には鹿児島の初鰹は記載されていないが、コレはお品書きを食後に撮影したからであり、入店時には鹿児島の初鰹があったのだ。

季節は3月、鹿児島では初鰹の季節、中でも枕崎市は日本一の鰹節が作られる高知や静岡に並ぶ鰹の産地である。コレは食べないわけにはいかない…。

フレッシュな鮮血味の魚肉を補うように、焼き付けられた鈍色の皮目がほんのりと香ばしい。

定食全体のポーションは少なめで、満腹中枢を満たす為、自然に咀嚼回数が多くなっている自分に気づく。これは50代の企業戦士たちが並んでも食べたくなる気持ちが分かる、いぶし銀の旨みである。

カレーやラーメンの世界を卒業した熟練の昼餉人のみが到達する業師の食卓。

糖質に支配されない適正量を嗜み、午後の業務を効率的に回す為に、たどり着いた極地。足るを知る者は富むのである。

また、[はせ部]といえば、かなり尖った定食メニューがあることも忘れてはならない、それが「野菜煮物定食」である。午後の活力を生み出す為、労働者が昼飯に求める物、それは動物性タンパク質であると思うが、それが一切入っていない硬派な定食なのだ。

この煩悩的食材が一切入っていない姿は、精進料理を彷彿とさせる。筆者は暴飲暴食が続いた時、ココで禊的昼餉をとる為、「野菜煮物定食」を頼み続けていた時期があったのだが、野菜煮物という些か頼りないオカズをどのように白米と合わせ食べ進めるか考えるのが楽しかった。

先ずやってはいけない食べ合わせがある。

かぼちゃと白米である。かぼちゃは単品で食べ進めよう。ほんのり甘い為、デザートに取っておくのも良いし、先に片付けても良い、白米とカボチャの食べ合わせは口中の水分を持っていかれ、窒息の危険もある拷問的食べ合わせの為、絶対にやってはいけない。

カボチャを攻略したらゼンマイで白米を食べ進めよう。ゼンマイの煮物には油揚げが極小量混ざっており、その油揚げが汁を吸って味が濃くメシにあう、但し極少数量しかない為、大事に食べることが肝要。

大根もしっかりと煮込まれておりメシにあう味付けなのだが、この「野菜煮物定食」の主役的存在、白米を食べ進めるオカズとしてではなくメインとして味わいたい為、筆者は単品で食べることをお勧めする。

そうなると、後ろには二切れの筍。筍は味が染みづらく、メシの友になり難しい…。しかし、あの硬めの食感は柔らかい「野菜煮物定食」軍団の中では異彩であり、メシを食べ進めるためのアクセントとして好適なのだ…。

こんな時はお醤油の力を借りよう、筍の刺身を食べる要領でメシに合わせたら思いの外、美味である。

ここまでしても野菜煮物でごはん一膳食べるのは至難であると思うが、[はせ部]の味噌汁は味が濃いめで、実はコレが1番メシにあう。

最終的に辿り着くのはコメと味噌汁。「あぁ日本人でよかった…」と思える組み合わせでフィニッシュ。

店構えから現金のみのお支払いかと思いきや、各種電子決済に対応しているところも地味にうれしい。また他にも「たら子定食」という焼きたら子一本で白米に立ち向かう男気溢れる尖りまくった定食もあるのだが、この話はまた次回…。

TAGS

WHAT TO READ NEXT

RiCE編集部からお便りをお送りしています。

  • 最新号・次号のお知らせ
  • 取材の様子
  • ウェブのおすすめ記事
  • イベント情報

などなど……RiCEの今をお伝えするお手紙のようなニュースレターを月一回配信中。ご登録は以下のページからアドレスとお名前をご入力ください。

ニュースレターの登録はコチラ
PARIYA CHEESE STAND Minimal Bean to Bar Chocolate
BALMUDA The Kitchen
会員限定の最新情報をいち早くお届け詳しく