月桂冠といえば日本酒の代名詞であり、全国区の酒である。だからがゆえ、1637年創業の老舗であり、京都伏見を代表する酒として身近に愛されていることは地元以外では意外と知られていない。中心街新京極と地元伏見にある対照的な名店で、月桂冠を心おきなく味わってみた。

四条通から新京極を少し上ったところにある［京極スタンド］。昭和2年創業の老舗大衆酒場で、昭和感全開である。暖簾を潜ると、大将の杉山さんが「いらっしゃい！」、そして素早くフロアレディ（！）から「こちらのカウンターでどうぞ」と声がかかる。とても長い大理石のカウンターに座る。このカウンターの、少し狭めの感じが、結構絶妙で大好きなのだ。

店の両サイドには細長い鏡。大将によれば店を広く見せる工夫だったんじゃないかとか

「おにーさん、何にする？」

ここでは還暦を迎えた僕でも「おにーさん」である。女性はすべて「おねーさん」。本日は「月桂冠たる酒」をオーダー。時をゆっくり味わいたい時のセレクトである。深いまろやかさを感じる飲み口だ。時々黒ビールをチェイサーで添えることもある。一息ついて、メニューを眺める。まずはうざくでいこう。

ひたすら「ザ・昭和」を守る名店で飲む「月桂冠たる酒」

上に目をやると、月桂冠とキリンビールから贈られた立派な額縁。両社に支えられてこの店はできたんだとは先代より伝えられてきたという大将の弁だ。昼下がりのひと時、付近の店で働いている人らしき若者はランチのセットを掻っ込む。ひたすら酒を見つめながら飲むハットが渋い老紳士。「生中ふたつお願いします」。隣に座った観光客らしき若いカップルが元気に注文する。彼らの勢いに釣られて、パワーのある揚げ物にいこう。大好きなハムカツだな。

どーんとボリュームタップリ、人気名物メニューの揚げそば

老若男女、地元客・観光客。皆仲良く「ザ・昭和」の空気を楽しむ中で味わう月桂冠、最高である。

「昆」のネオンが目印。正面は全面ガラス張りで、楽しく飲めそうな店内がよくわかる

京都では、月桂冠のお膝元・伏見で酒を飲むという格別の楽しみ方もある。足が向かうのは［おこぶ北淸］。京阪の中書島から酒蔵エリア方面に上がってすぐ。染司よしおかの故・吉岡幸雄さん作の暖簾が目印の、瀟洒な酒場である。入り口脇にかけられた杉玉で、よし飲むぞと気分が高揚する。ここは明治45年（1912年）創業の昆布屋さんの営む酒場だ。昆布の 「だし」の旨味を使った酒肴がとても美味しい。

「伝匠」純米吟醸によく合う最高の肴の数々。
昆布出汁の効いたポテトサラダに昆布〆刺身の盛り合わせと鶏もも肉のソテー

飲む酒は、店主北澤さんおすすめの「伝匠」純米吟醸。あと味の良さで酒がどんどんすすむ。伏見の水を感じて嬉しくなる。すぐそばで醸された酒を味わう贅沢。時には隣に座っているのは、その酒を醸した杜氏や蔵人だったりするので、さらに贅沢。

カウンター席の奥には居心地のいい座敷。どこで飲んでも幸せになれる。
店主の北澤さんに笑顔で「伝匠」を注いでいただく

この酒場はとにかく客層が広い。地元常連客に観光客、20代から80代まで、皆が交流する酒「場」である。イベントがあったりライブがあったり、元デザイナーであった北澤さんならではの編集力が活かされている。この酒蔵のまちを盛り上げていきたいという心意気に、皆が仲良く楽しく酔う。

ほろ酔いで店を出ると、ここは酒蔵のまち。帰り道は大手筋方面に向かって夕闇を感じるのが好きだ。すぐそばには月桂冠大倉記念館もある。今度はここに寄ってからお店に向かうのもオツだなと考えたりする。伏見で飲むのは本当に贅沢なのだ。

京極スタンド

京都府京都市中京区新京極通り四条上ル中之町546 （Google map）
Tel 075-221-4156
IG @kyogoku_stand

おこぶ 北淸

京都府京都市伏見区南新地4-52（Google map）
Tel 075-601-4528
IG @okobu_kitase

飲酒は20歳から。飲酒は適量を。飲酒運転は法律で禁じられています。妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。

本記事はRiCE40号「特集　京都の中味」の掲載記事を再編集しています。

写真　伊藤信（Photo by Makoto Ito） IG makoto.ito.1920
文　森末忍（Text by Shinobu Morisue） IG morisue1