食の学び舎「foodskole」授業体験レポート vol.5
見える畜産。
まずはじめに。
こんにちは。食の学び舎「foodskole(フードスコーレ)」で校長をしています平井巧です。
foodskoleでは、2021年4月から「21年度前期Basicカリキュラム」がスタート。社会人から大学生、年齢も立場もバラバラな方たちが、9月までの半年間、全12回の授業を通して一緒に食について学び合います。
食を文化として学び、食にまつわるモノ・概念を持論で創造し、生きる力を持つ。これを「食の創造論」として、foodskoleのテーマに置いています。
foodskoleの授業の中で、ゲスト講師に教えてもらったこと、受講生のみんなで話し合われたこと、気づかされた視点は毎回たくさんあります。これをレポートとして形に残すことは、後々の振り返りとしてきっと役立つはず。
何よりfoodskoleの中にいる自分たちだけでなく、食のことが好きなたくさんの人たちに、このことをおしみなく共有したい。そんなことを思いましたので、いま受講している方に、授業の「体験レポート」を書いてもらっています。
過去レポートはこちらから
1回目: まずは循環のはなし。世界のこと。
2回目: 発酵でつなぐ都市と地域。
3回目: 市場、ポケマルとスーパーの違い。
4回目: 野菜は誰かが運んでいる。
foodskoleで学ぶ自分たちがそうであるように、これを読まれた方たちにも、「食」の向き合い方に良い変容が起きることを期待して。これからこの授業体験レポートをお届けしていきたいと思います。
foodskole 公式サイトは、こちらをご覧ください。
第5回目の授業は「見える畜産。」をテーマに中洞牧場の中洞正さんをゲスト講師にお招きしました。
今回の体験レポート担当は、foodskole生の玉木春那さんです。(foodskole校長/平井巧)
はじめまして。フードスコーレ受講生の玉木春那です。食とサステナビリティをテーマに学び、日々の生活で実践しています。
フードスコーレでは、フードロス、料理、食文化など様々な切り口から食を俯瞰して学べます。食のあるべき姿をより鮮明に理解したいと思ったのが受講の理由です。
フードスコーレ第5回目のテーマは「見える畜産。」でした。ゲストにはなかほら牧場の中洞正さんにお越しいただきました。毎日飲んでいる牛乳はどこでどのようにつくられているのか、など日本の酪農の現状について示唆に富んだお話をしていただきました。今の酪農のあり方につよい違和感を持たれる中洞さんのお話を聞いて、受講生一同酪農のあり方に衝撃を受けた回だったと感じます。酪農の現状と違和感、そして、今後いかに牛乳を飲めばいいのか?をポジティブに考えたので、その記録をお届けします。
中洞さんは1952年生まれ。幼い頃の自給自足的な農業生活を経たのちに、高度経済成長により三種の神器や加工食品が普及したり、モノが普及することによる社会発展を身をもって体験されました。幼少期から牛が好きだったことが原点となり、東京農業大学で「山地(やまち)酪農」を学んだことを経て、現在は岩手県で牧場を運営しています。
中洞牧場が位置する岩手県の北上山系は、なだらかな地形で楓・松・楢などの山林が広がり、野生動物が多く生息する自然豊かな土地です。
山地酪農で牛と山と自然を守る
ところでみなさん、「山地酪農」を聞いたことはありますか?
放牧してウシを育てる酪農の方法です。
引用:中洞牧場HPより
365日ウシを放牧して自由に過ごしてもらうため、ストレスをかけずに健やかに、また生命力のある自然に生えた野草を食べて育てる。そうすることで、安心安全な牛乳となるのですね。
引用:中洞牧場HPより
また山地酪農は、健康なウシを育てるだけではなく、山を守ることにつながります。ウシを放牧すると、生命力の強い野シバが生えて、強い根っこが張り巡らされた山になります。山地酪農をすると、山の植生を活用して山の環境を整えることができるのです。
放牧をすることで、ウシも行動を強いられることなく自由に幸せに生活ができる。同時に野草が育ち、山の環境も整えてくれる。
そんな三方良しな山地酪農ですが、中洞さんは40年ほど実践されています。なぜ中洞さんはこの農法を続けられているのでしょうか?
工業型畜産への違和感
その背景には、日本の酪農につよい疑問を感じているからだと言います。
中洞さんは今の酪農は工業型畜産だと考えています。どういうことか?一つはウシの密飼いによる劣悪な環境があるといいます。
日本の約9割の酪農では、牛舎内にウシを繋いで飼う「つなぎ牛舎」で育てます。
引用:講義内のプレゼンテーションより
家畜は身動きの取れないほどの狭い室内で育つことになります。身動が取れないので、身体中に糞がついてしまうくらい、綺麗ではない環境下で飼われているのですね。そして、家畜が初めて外に出られる時は屠殺場に運ばれ命を絶たれるときだと言います。「牛舎という工場で、ウシという“ロボット”に輸入飼料という原材料を用いて牛乳という工業製品を作っているのが日本の酪農の実態だ」と評する研究者もいらっしゃるよう。日本の酪農は酪農ではないようだ、ただの乳を搾っているだけだ。というお話を聞いて、動きの取れない不自由な環境で飼われていることに、切なさを感じました。
また酪農と山の関係についても話されました。2018年の日本経済新聞の「荒れる人工林 水源地ピンチ」という記事をあげられました。元々山の効用には、二酸化炭素を吸収して酸素を生成すること、また「緑のダム」と言われるように保水すること、があります。
引用:東京都水道局HPより奥多摩湖の写真
しかし東京の水源地と言われる奥多摩地方の山では、山を管理せずに放置したことで、山の保水力が弱まり、水源林としての機能が失われていったと言います。
今の酪農のあり方は、ウシの飼育環境がよくなく、また山も守れていない。これらを解決する形の一つが、山地酪農だったのですね。この山地酪農という方法、魅力的でありながらも主流ではありません。どうしたら拡がっていくのでしょうか?
ひとつは、中洞さんも「消費者が能動的になるべき」と言うように、誰が・どこで・どのように作っているかということに、少しでも興味を持つことが必要ではないでしょうか。買い手が食べ物の背景や社会的背景に関心をもつと、生産者のこだわった想いや生産背景、社会への影響を考慮して、モノを選ぶようになるのではないかと考えています。
また限られた土地で安く生産的に育てられるつなぎ飼いと比べて、広い土地が必要なことからコストがかかってしまうのではないでしょうか。大量生産によって安く手に入れることとは違った価値基準でモノを選びたくなる、そんな価値観を常に持っていたいものです。
買い手の意識が高まれば、少しずつ実現に近づくと思います。
より能動的に選びたくなるようにするには、単に「買う」だけではない体験が必要なのかなと最近思います。例えば作り手と話をしたり、実際につくる体験をするなど。モノを買うことは、そのモノや人の世界観に触れるので、外の世界と接する行動だと思っています。そんな体験ができることとして捉えられたらいいのではと考えています。とはいえ毎回の食事で少し特別なものを選ぶのはむずかしいと思うので、できるときに選ぶ、まずはその姿勢を持つことを大事にすると良いのではと思います。
どうやって牛乳を飲もう?
講義中、牛乳を飲むことについて話し合いました。その一つに、小学校の学校給食で当たり前のように飲んでいる現状があるという話が印象的でした。
学校では、「牛乳は栄養やカルシウムが含まれた健康的な飲み物だから飲みましょう」と教育されています。が、実際どうなのでしょうか?というのも、閉ざされた牛舎で飼われたウシの6〜7割は病気になっていると厚生省の調べでも言われています。病気にかかったウシから採れた牛乳は、人間の身体にとって本当にいいのでしょうか?
講義全体を通して、日本の酪農に対し疑問を呈する話をされたのですが、飼われ方を何も知らずにおいしく牛乳を飲んでいたので、話を聞いて心が痛くなりました。
おいしいものを食べたり飲んだりする行為には、ポジティブではない側面がまとわりつきます。でもそこに目を向けることが必要です。こうして現場を知る人から話を聞いて、「じゃあこれからどうやって食べ物と付き合っていこう?」を考えることで、食に対する教養を身につける必要性を感じました。
今回牛乳のつくられる背景を知った上で、まず私ができることは何か?を考えたのですが、中洞さんの牛乳を買って飲んでみることだと思いました。買うことは応援することで、その世界観が拡がるだと思っているからです。
買おうと決めたことで、改めてホームページを見ることになりさらに背景に触れるきかっけにもなりました。そしてどんな味がするのだろう?というドキドキ感と、幸せに育ったウシから取った牛乳だという安心感とともに、いただきました。牛乳が二層になっていました。サラッとしたすっきりした味わいのミルクと、生クリームのような濃厚なとろっとした部分がありました。意外と日常で飲んでいた牛乳と似てるとも感じました。
この時思い浮かんだ言葉が、参加者同士で話し合った時にでた「似て非なるもの」という言葉。一見似たように見えても、実際は全く別のものです。全く別のものだと分かるためには、背景を知ることが必要ですね。
どうやっておいしくいただこうか?おいしいと思える要素は様々にありますが、その中のひとつの答えとして、「幸せなウシから出る牛乳が、おいしい牛乳だ」と言われたように、幸せに育った健やかな牛乳はおいしい。それを感謝していただく姿勢を大切にしていきたいと思いました。
- Food Producer
平井 巧 / Satoshi Hirai
foodskole校長/株式会社honshoku代表/一般社団法人フードサルベージ代表理事 1979年東京都生まれ。新潟大学理学部卒業。広告代理店での企画営業を経て独立。「サルベージ・パーティ®︎」を中心に企業・行政のfoodloss&waste にまつわる課題解決を手がける一般社団法人フードサルベージを設立。食のクリエイティブチーム株式会社honshokuでは、「食卓に愉快な風を。」をキーワードに、食にまつわるコンテンツ運営、クリエイティブ制作、プロデュース等を行う。2020年より食の学び舎「foodskole(フードスコーレ)」を開校。 https://www.honshoku.com/
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