作家・くどうれいん×俳優・戸塚純貴 新刊『登場人物未満』インタビュー
“戸塚純貴というお題”が引き出した、くどうれいんさんの新境地
2021年、小説『氷柱(つらら)の声』で芥川賞候補となり、翌年には会社員から専業作家へと転身。小説、エッセイ、絵本など幅広い表現の幅を持つ くどうれいんさんが、俳優・戸塚純貴さんとタッグを組んだ新たな挑戦、『登場人物未満』がついに完成しました。
本作は、連続テレビ小説『虎に翼』で注目を集めた戸塚さんの撮り下ろし写真を元に、くどうさんが紡いだ15編のショートショートを収録。戸塚さんとの「大喜利」のようなコラボレーションを通じて、くどうさん自身も新たな境地へと踏み出したそう。そんな2人の表現者による特別な一冊の発売を記念し、執筆を担当したくどうれいんさんにお話を伺いました。
タイトルに込めた『登場人物未満』という意味
——これまでも『桃を煮るひと』『わたしを空腹にしないほうがいい』など、くどうれいんさんの著書タイトルがいつも印象的です。新刊の『登場人物未満』という言葉はどういうところから生まれたのでしょうか?
2023年から『ダ・ヴィンチ』で1年間連載された15編に加え、写真家・小見山峻氏による戸塚さんの撮り下ろし写真、書き下ろしエッセイも収録
この本は、最初に戸塚さん側から「ファンブックとかフォトブックではなく、2人が作った一冊という形にしたい」と言っていただきました。そのおかげで、私も戸塚さんのために書いた一冊というより、自分の作品ということを意識しました。役者である戸塚さんが被写体として登場するなら、私も“自分の土俵”に寄せて書こうと。
——“自分の土俵”…?
はい、私自身の作風として「生々しさ」や「手触り」を描くのを大事にしているので、キャラクターの濃さや設定の奇抜さではなく「役柄になる一歩手前」を描こうと思いました。
役柄やキャラクターを演じる俳優の仕事は「登場人物」と言える。でも私は彼のその手前、つまり役ではない現実に寄った表情や姿を書きたかったんです。『登場人物未満』というのは、戸塚さんの役者という仕事と生身の彼自身、その間に立ち上がる表情を表現できる言葉だと思いました。
ただ、つけた後で役者の方に対して『登場人物未満』というのは「失礼なタイトルかも?」と少し不安になりまして(笑)。でも結果的に採用していただけて、ホッとしています。
写真が導く15の物語。予定調和を超えた創作の楽しみ
——これまでの作品との違いはどんなところですか?
これまでショートショートを並べて書籍化したことがなかったので、まず新しい挑戦でした。さらに今回は、写真から物語を広げていく作業だったので本当に新鮮な組み合わせ。
普段、私は登場人物のビジュアルを明確に設定しないんです。服装や髪型など雰囲気をざっくり決めるくらいのイメージで書くことが多いんです。でも今回は写真があり、戸塚さんの顔が常に頭に浮かんでいる状態でした。
最初は「15種類の戸塚さん」を書こうと思っていたんです。ただ、進めていくうちに、戸塚さんを中心に据えた多様な視点での物語に自然と変わっていきました。場所や年齢も違う設定で登場人物を描いていても、気づけば彼の個性に吸い寄せられていくような。予定していた形とは違ったけれど、これはこれで面白いなと感じて執筆を進めました。
——「お題」として届く写真、そこから物語を膨らますのは、ある種予測不能な創作の旅のようですね。初めての試みはいかがでしたか?
最初のうちは「次はどんなテーマがくるんだろう?」ってワクワクしてたんですが、回を追うごとに、戸塚さんがどんどん難しいお題を投げてくるんですよ(笑)。「もっと優しいお題がくるかな?」なんて淡い期待を抱いていたんですけど、それが裏切られ続けて。毎回「どうしろと言うんだ!」と悩みながらも、最終的には「面白く答えてやろう」と、こちらも闘志が湧いてきました。
一人で仕事をしていると、どうしても予定通りに物事が進みがちで、「ああ、そうきたか!」って驚く機会って少ないんです。でも今回、戸塚さんから投げられるお題には毎回「まじか…!」って思わされて、それが苦しいけど楽しい。裏切られる気持ち良さがあったというか。普段だったら書かないような人物像やテーマに挑むことができて、自分の中でも発見がありました。まさか主人公が犬になるとは思わなかったですね(笑)。自分の限界を超えられた気がするし、「やっぱり書くことが好きだ」と再確認する時間でもありました。
「食」を書く理由。そこに浮かび上がる人間のかたち
——本作も「きゅうりのサンドイッチ」だったり「学食の冷やしたぬきうどん」だったり、くどうさんの作品に登場する「食」の描写が印象的です。なぜ食べ物を書こうと思うのでしょうか?
そんなに入れるつもりはなかったのですが、たしかに意外と書いてますね…! 食べ物は、私にとって暮らしの一部であり、執筆の目線でいうと手触りや時間の経過を描く時にすごく便利なんです。例えば、コーヒーをブラックで飲むのか、砂糖をたっぷり入れるのかでその人の人間性が見えてくる。咀嚼音を気にするか、大口で食べることに恥ずかしさを感じるのかどうか。そんな些細な行動から、その人の繊細さや人間味が浮かび上がってくる気がするんですよね。人間性が宿るというか。
私にとって「食べることは生活の柱」と言ってもいいくらい、それに救われています。次のごはんを何にしようか考えて、それを実行することで癒される感覚があるんですよね。「今これが食べたかった、そしておいしい」と納得することで、満たされる。だから作品にも自然と食べ物が登場するんだと思います。ただ、温かいものは温かいうちに食べたいので、冷めたコーヒーは登場しません(笑)。
——そんな食べることにこだわりを持つくどうさんに、今日は事前にお好きだと伺った[クアアイナ]のポテトフライを持ってきました! お持ちする間に少し冷めてしまったのですが…。
わー、ありがとうございます! もともと「じゃがりこ」が大好きで、あのガリガリした食感に近い細いポテトフライが好きなんです。他に、[はま寿司]のポテトフライも好きなんですけど、冷めた[クアアイナ]のはもはや「じゃがりこ」に近い感じがしてまた違う魅力があるんです。食べてもいいですか?
——もちろんです。ぜひ召し上がってください! でもなぜ[クアアイナ]のポテトフライなのでしょうか……?
私が住む盛岡にはチェーン店がほとんどないんです。ようやく最近[バーミヤン]や[サイゼリヤ]ができたくらいで、都内のチェーン店は本当に特別感があるんですよね。なので、東京に来るたびに「クアアイナに行きたい」って思いが頭をよぎるんです。
実は、前回東京に来たときも行こうと思っていたんですが、仕事が終わったのが閉店時間ギリギリで、目の前まで行ったのに食べられなかったんです。今回は取材が都内だったので、ようやく念願叶いました!
——喜んでいただけてうれしいです。では少し話を戻しまして、17ページに及ぶ書き下ろしエッセイの「戸塚さんを捕まえる あとがきにかえて」では、実際に戸塚さんと下北沢のカフェで対面した際の様子が収録されていますね。こちらはどういった経緯で?
物語を15編書いた後、ふと「戸塚さんって一体何者なんだろう?」という気持ちが湧いてきて。書きながら、彼の魅力や表情に惹かれ続けたからこそ、言葉でじっくり話をしたかったんです。あとがきは追加コンテンツのような意味もありますが、作品を書き終えた自分自身への答え合わせのような時間でもありました。
お会いしたときに、戸塚さんがハンバーガーを大きなひとくちで食べていたんです。ハンバーガーを大口で食べる人は信用できると思っているんですよ。大口で食べるって、すごく無防備な行為じゃないですか?猫がお腹を見せてくれるような。緊張している時や格好つけたい時はできない。戸塚さんがそれを自然にやる姿に、「この人お腹空いてるんだ」って、無邪気さや信頼感みたいなものを感じました。
くどうれいん、作家としての今とこれから
——これまで会社員と作家を兼業されていましたが、2022年の春にご退社されて、本格的に執筆活動を始めて今年で3年目に入りますね。今どのようなご心境ですか?
専業作家になって1年目は「いよいよこれで生きていくんだ」という気持ちが強かったです。でも今は、独立したことで一通りの感情を経験したと思います。次は「どうやって続けていくか」がテーマだと思っています。
もともと携わっているジャンルが多いので、新しいことを増やすより、これまで大事にしてきたものをそのまま大切にしたい。とはいえ、体は一つしかないし、一日は24時間しかない。だから、自分のペースや忙しさをちゃんと客観視することが大事だなと気づきました。ようやくここ最近「疲れた!」と言えるようになったのも、その一環かもしれません。
というのもここ数年で読者の方が一気に増えたのを感じています。以前はある意味「見つけ出してくれた」読者が多くて、知る人ぞ知るような隠れ家レストランのような感覚でした。でも今は、年齢層もエリアも職業もさまざまな方々が読んでくださる。
その分、提供する側としての工夫が必要になりました。小さなカウンター8席のつもりだったのが、気づけば大きなレストランのようになっていて。読者が増えたからこそできることもあるので、その変化を楽しみながらやっていきたいですね。
——さまざまなステージをご経験されて、読者との距離感が変わる中、自分のペースを大切に作品を届ける姿勢が印象的です。これから書いてみたいテーマはありますか?
例えば、「東京以外に住む人の話」を描いてみたいですね。仕事で東京とは関わっているけど住んでいるのは別の場所、あるいは、地方の高校から地方の大学に通う人――そんな立場の人の話を書きたいと思うことがあります。かといって、「地方で大きな目標がある」とか「ふるさと最高!」みたいな感じでもなく、「ただここにいるだけ」みたいな感覚。そういう人のほうが多いんじゃないかなと思うんです。
食べ物で例えるなら、美食家でもないしジャンクフードばかりでもない。自炊が好きだけど、完璧を目指しているわけでもない。そんなグラデーションがあると思うんですよ。「こういう人はこうだよね」という枠を少しずつはみ出したり、ずらしていく。その微妙な感情や、明確にカテゴライズされない生き方こそが人間らしいと思うんです。そんな作品を書けたらいいなって思っています。
くどうれいん|Kudo Rain
1994年生まれ。盛岡市在住。著書に、エッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』『虎のたましい人魚の涙』『桃を煮るひと』『コーヒーにミルクを入れるような愛』、歌集『水中で口笛』、創作童話『プンスカジャム』、絵本『あんまりすてきだったから』など。初の中編小説『氷柱の声』で第165回芥川賞候補に。現在、講談社『群像』にてエッセイ「日日是目分量」ほか連載多数。
『登場人物未満』
モデル: 戸塚 純貴 文:くどうれいん
定価:1,870円(税込)|ISBN: 9784041155134
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Photo by Misa Shimazu(写真 島津美沙)IG @smzms_620
Interview & Text by Sakurako Nozaki (取材・文 野﨑櫻子)
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